37撃目.ことの顛末

 警察の事情聴取が終わり、深夜二時。


「可南子ちゃんはね、来島を、もう一人の父親のように思っていたんだよ」


 探偵は、来島の恋心をさらりと否定してみせた。




 イルミネーションの消えた大通り。

 コンビニや自販機の寒々しい灯りを受け、駅へ向かう道すがら、探偵は俺に事件のあらましを語りだした。


「景平家に母親はいない。父子家庭だったんだ」


 可南子と北斗の二人暮らし。

 ペン先を舐めるクセを正す母親は、可南子が四歳の時にはもういなくなってしまっていた。そこで、隣の家との交流が生まれた。


 親子に世話を焼いたのは、その隣家の人々……来島家。


 家族ぐるみの交流。中学生だった来島は、幼い可南子を育てることに協力して、そして……そのままの関係が、社会人になっても続いた。


「……可南子ちゃんが抱いていたのは、親愛の感情だ。でも、来島はそうじゃなかった」

「父親……北斗さんは、気付かなかったんでしょうか」

「気付いていたんだろう。だから、指示を残した」


 探偵が白い息を吐いた。


「『助けて』……万年筆が可南子ちゃんの悲鳴に反応したのは、それが理由だったのさ」


 俺たちの命を助けたのは、お化けでもなんでもなかった。

 ロボットが突然に意思を持った訳でも、可南子が超能力者だった訳でもない。

 親子の情である。


「来島の歪んだ愛情は、それを乗り越えられなかったんだよ、辰弥くん」


 俺は少しだけ来島に同情しそうになったが、すぐにやめた。

 彼は人殺しである。

 俺は、人殺しではない。


 ――『あなたにならば分かる筈だ!』


 だから、来島のあの言葉を理解する義務も、俺にはないのだ。

 そう思っても、深呼吸して冬の冷気で肺を満たしても、腹の底でなにか淀んでいる。


 多くの疑問が残っていた。


 レストラン内、拳銃を放り投げて視線を誘導するという、来島の訓練された動き。

 その来島が恐怖と共に語った、『あの人』という謎の人物。

 ……頭を冬の空気で冷ましても、なにも分からない。


「おや、辰弥くん」


 探偵に呼びかけられ、俺は顔をあげた。

 頭を悩ませる内に、目的である駅についていたらしい。


「……残念。どうやら、終電はもう行ってしまったようだね」


 探偵は時刻表を眺めてから、わざとらしく言った。


「うち、お泊りするかい?」

「嫌です」


 俺は探偵に投げつけられるものを警戒し、目をつむった。




 唇になにか触れた。




 目を開ける。


「……?」


 俺はいつの間にか、タバコを咥えていた。


「ほい」


 そのタバコの先に、探偵が火を点けていた……。



 純金色のライターである。

 凝った鷲の意匠が刻まれた、高級そうなライター。


 灯りの消えた東京の中で、金と炎が、探偵の緩んだあどけない表情を照らしていた。

 少し、火が温かい。

 思わず息を吐いた。

 タバコの煙が探偵にかかった。探偵は涙目になって咳き込んだ。


 俺は、状況が呑み込めなかった。

 探偵は困ったように微笑んで、俺の手に、そのライターを握らせた。

 探偵の手は柔らかく、そして、少し冷たかった。


「クリスマスプレゼントだよ。これだけ渡して、今日は解散といこうか」

「……なぜ、ライターを?」

「点きにくくなっていただろう? キミの。甘瀧温泉の時に投げたのが祟ったかな」


 探偵はそれだけ言って、俺に背を向けた。


「そのライターね、あの万年筆と同じ素材で出来てるんだ……自動で動いたりはしない安物だけどね……まぁ、前のよりは頑丈だと思って良い」


 俺は手の中のライターを握り締めて、遅れて状況を理解する。

 唇に触れた、柔らかい感触の正体を理解するのに、少し時間がかかったのだ。

 ……探偵は背伸びして、俺にタバコを咥えさせた。

 それだけの話だった。


「あぁ、それとも……」


 くるりと、探偵が俺に振り向く。

 イルミネーションの消えた大通りの、中心。

 電気が塗りつぶしていた黒い空から、かすかな月光が落ちている。


 月明りの寒さの中で、探偵の息は白く染まり、白い頬には朱色が浮かんでいた。

 純金色のポニーテールが、きらりと光る。

 俺は探偵の碧い目を見た。



 瞳には、俺が映っていた。



「クリスマスプレゼント、現金の方がよかったかな?」

「……まぁ」



 探偵は、俺の顔面にクリスマスツリーを投げつけた。 


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