34撃目.急転直下

 順番は前後する。


「犯人は来島だ」


 夜のファミレス。

 泣き崩れた可南子に、探偵はそう告げた。

 可南子は、呆けた顔をあげた。


「えっ……く、来島さんは関係ないでしょう?」

「どうしてそう思うんだい?」

「だ、だって来島さんは……あたしたちの世話をしてくれました。あたしも、父ちゃんも社会不適合者だったけど、その分来島さんが頑張ってくれて、それで、新人賞が……」


可南子のしどろもどろな解答に対し、探偵はため息交じりに確認した。


「必需品の買い物とかも……だね?」

「! は、はい! 来島さんが全部やってくれて……」

「『万年筆のインク』まで、かい?」


 可南子はうなずいた。探偵にとっては、それだけで十分だった。







 窓の割れた高級レストラン。

 吹きすさぶ冬の風、クリスマスの夜景をバックに、探偵はトレンチコートを翻す。


「毒はロボット万年筆に仕込まれていた……インクとして、ね?」

「……特定の前に、可南子が疑われると思いましたが」

「ロボット万年筆は、父の日の贈り物だった」


 驚愕の表情の来島に、探偵は一切の淀みなく、全てを答えていく。


「父の日は六月。北斗の死は十月。万年筆自体の仕込みなら、その間に死んでるさ」


 探偵は鼻で笑った。


「それに、あのロボット万年筆からはインクが抜かれていた……証拠隠滅したんだろ?」

「は、はは……」


 来島は困ったように笑った。それは、肯定以外のなにものでもなかった。


「万年筆が外れでも、キミを銃刀法違反で捕まえるのは簡単さ」


 探偵は、来島の手元にある拳銃を見た。


「これが私の解答だ」


 射貫くような碧い目である。


「投降したまえ。

 こちらは全身サイボーグ男とパイルバンカー探偵。

 そちらは拳銃一つだ」

「……なるほど」


 眼鏡の下、納得した様子の来島。

 しかし、その次にとった行動は、かつてのマトモに見えた彼とは似ても似つかない。


 見開かれた目は血走り、拳銃を構えなおす姿は殺人者の空気。

 身体の線の細さを威圧感でかき消す、鬼気迫る眼光。

 その眼光のまま、来島は突っ込んできた!


「やっておしまいなさい、辰弥くん」

「合点!」


 俺は一歩前に出た。

 注意すべきは、来島のその拳銃である。


 俺の身体は修理が効く。肉弾戦にも強い。

 しかし、頭は生身だ。

 弾丸で脳をぶち抜かれれば、流石に死んでしまうだろう。

 だが、それ以外は致命傷にならない。


 俺は構えた。

 来島が銃を握る指を動かした。

 俺は銃に注目した。



 そして銃は――――放り、投げられた。



「なっ……」


 俺の視線が、高級レストランの宙を舞う拳銃に吸われる。

 誘導された。


 来島という男、ただ者ではない――俺に生まれた隙を、来島は見逃さなかった。

 俺が意識を向けなおすより早く、来島は俺の脇をすり抜けて……可南子の隣に、立つ。


「可南子。ちょっとごめんね」

「きゃっ!?」


 人質にとるような構えである。


「た、探偵さん!」

「……ふむ。銃種といい訓練された動きといい……キミ、本当に編集者かい?」

「一応、ベテランではあります」


 ベテラン編集者という意味か、ベテランの兵士という意味か。

 そのどちらともいえる動きで、来島は可南子を拘束した。


 完全に人質である。

 探偵はパイルバンカーを封じられ、俺も、とっさに動くことができない。


「来島」


 探偵にできたのは、言葉を投げることだけだった。


「……なぜ、こんなことをしたんだい?」

「可南子を守りたかったんですよ」


 可南子に銃を向けた人間とは思えない台詞だった。


「父親を殺すことが、なんで可南子ちゃんを守ることに繋がると?」


 来島は笑みを浮かべた。


「簡単な話ですよ、辰弥さん」


 良い笑顔だった。



「北斗さんは……『娘はお前にはやらない』と。そう仰いましたから」



 俺は景平北斗という人物を知らない。

 しかし今は、その判断に拍手を贈りたいところだった。


 なるほど、来島は面倒見がよく、甲斐性ありで、定職についており、しかも高級レストランでディナーを行いながら指輪を渡せるほど、財力がある。素晴らしい男だ。

 だが、危険すぎる。


「可南子を守れるのは僕だけです。あの男じゃあなかった」


 来島は、嫉妬で人を殺せる男だった。

 結婚を許されなかったという、それだけで。


 俺は気圧された。

 探偵は怪訝な表情を浮かべた。義手が展開し、元に戻り、また展開される。パイルバンカーを放つべきか否か迷っている時の動作だ。


 そこで、来島が動いた。可南子の口元を抑えながら、寄り添うように歩く。

 辿り着いた場所は、割れた窓ガラス。

 探偵のパイルバンカーがぶち抜いた、大穴。

 人工の星空と、黒塗りの夜空の境目で、来島は笑った。


「可南子、落ち着いて。大丈夫だから」


 ビュウという冬の空の風が、来島と、拘束されている可南子を撫でる。可南子の茶髪が来島に抑えられながら、ぶわっと流れた。


「寺嶋さん」

「な、なんですか? 逃走用のヘリでも呼べとでも?」

「いりませんよ、そんなの。ただ……」


 来島が一歩踏み出す。




「僕と可南子を、祝福してください」



 その先は、窓の外だった。


 俺は駆け出した。

 来島と可南子は、既に床の外へ、空へと身を投げ出していた。

 伸ばした手の目の前で、そのズボンの裾が落ちていく。届かない。

 俺も続く。


「辰弥くん!」


 窓の外へ。

 探偵から投げ渡されたものを、後ろ手に持って。

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