31撃目.マジメな推理②

 景平北斗は、自宅二階、自分の部屋――万年筆があったあの部屋で、人知れず死亡した。

 部屋には内側から鍵がかかっており、窓も閉まっていた。

 食事に降りてこないことを不審に思った来島が扉をノックし、返事がなかったため突入。


 第一発見者は来島で、次いで来島に呼び出された可南子。

 死亡時、北斗は机に突っ伏すように倒れ、口端から泡を吐いていた。

 原稿の執筆中だったらしく、その手には、万年筆と書きかけの原稿が握ったまま死んでいたという。


 完全な密室の中での、前触れなき突然死。

 警察も、医者も、結論は同じだった。


「死因は……


 事件性はない。単なる過労死。

 そういうことになって、北斗の死に関する調査は終了した。


「……作家には、よくあることと聞きました」


 可南子は死因の結論にうなずいた。

 既に納得しているらしい表情である。だが、探偵は尋ねた。


「父君……北斗氏は運動不足だったのかい? それとも過密スケジュール?」

「えっ?」


 それは、景平北斗の死因を疑うような声色だった。


「心不全が作家に多い理由はね、作家が座り仕事で、そして運動しなくて、不摂生で、そのうえずっと無限に働き続けることをヨシとする人種だからだ。

 だから……適度な運動に健康的な食事、スケジュール管理ができていれば、そう簡単には死なない」


 現代は医療も発達しているからね、と探偵は言葉を切った。

 少し考えてから、可南子は答えた。


「父ちゃんは……作家にしては、健康。だったと思います」

「ほう?」

「だって、来島さんが管理してくれてましたから……みんなで、雑炊囲んだり公園行ったり。必需品の買い物とかも代わりにやってくれて、ほんと助かったなぁ……」


 可南子は懐かしむように微笑んだ。

 俺は来島を内心で応援した。腹立つ人間だが、その努力は報われるべきだと思う。

 探偵はにやりと微笑んだ。


「当時のスケジュールを大体でいいから知りたい。書いてくれるかな?」

「ふぇ? あ、は、はい!」


 可南子はボールペンの先を再び舐めた。


 相変わらずの長い舌。

 それを見て、探偵は満足げに頷いた。


「本当の死因が分かったよ」

「はやっ」

「……ふぇっ!? わ、わた、私まだなにも書いてませんよ!?」


 探偵はさらりと言った。

 その答えは、医者や警察の結論とは全く違うもので。



「毒殺だね」



 同時に、これ以上なく物騒な結論だった。


 可南子がボールペンを取り落とす。

 机上のロボット灰皿が、ボールペンをタバコと間違えて回収した。

 絶句する可南子に、探偵は淡々と続けた。


「そのクセだよ。ペンの先を舐めるクセ」

「えぅ……あ、お、お行儀わるかったですか……?」


 お行儀は悪いと思う。

 しかし、探偵は気にしていない様子だった。


「そのクセ……父君譲りだろう? 景平北斗から、娘へと伝染ったものだ」


 可南子が息をのんだ。


「キミは父君の姿を見て育った。しかも、同じ作家としてね……もしかして父君は、万年筆のペン先をよく舐めていたんじゃないかな」

「そ、そうですけど……よく分かりましたね?」


 探偵はにこりとして頷いた。

 俺は探偵が言いたいことを理解した。


「もしかして、探偵さん。毒殺というのは……」

「うん。あのダイイング・メッセージは、作家が遺したものとして素晴らしい出来だ」


 探偵は懐から、調査のために預かっていたロボット万年筆を取り出す。

 ファミレスの照明が、金の装飾を怪しく照らした。




「犯人はぼく――――『犯人はぼく、ロボット万年筆くんです』とはね」




 ロボット万年筆には、毒が仕込まれていた。

 景平北斗は、その毒を舐めて死んだのである。

 犯人はぼく、と犯人であるロボット万年筆自身に書かせることで、景平北斗は犯人を示そうとした……探偵は、テーブルの上で手を組んだ。


「これが私の解答だ」


 ダイイング・メッセージは、ロボット万年筆が犯人だと示すものだった。

 可南子は言葉を失ったように、口を覆っている。

 しかし、俺には引っ掛かることがあった。


「でも、探偵さん」

「なんだい辰弥くん」

「ロボットは、人を殺す意思を持ちません」


 探偵はうなずいた。

 大前提である。


 車は人を殺したいからといって轢かないし。

 火炎放射器は、人を焼きたいからといって火を噴かない。


 どちらも、轢きたい人間がアクセルを踏み。焼きたい人間が引き金を引くのだ。

 ロボットは犯人にならない。

 ロボットは、常に従順な凶器なのである。


「辰弥くんの言う通りだよ……だからこそ、可南子ちゃん。ひとつ質問したい」


 探偵は、絶句する可南子に目を向けた。


「このロボット万年筆は、誰からのプレゼントだったんだい?」


 探偵の質問の意図は分かりやすかった。

 万年筆が凶器。

 であれば、凶器を被害者に渡したのが、犯人である。

 可南子は、ひどくか細い声で答えた。




「万年筆は……あたしが、父ちゃんに贈ったものです」




 今度は、俺が言葉を失う番だった。


 可南子は、ぷるぷると震え出した。ちゃんとした服を着ているのに、ちゃんちゃんこを羽織っている時よりもずっと幼く見える震え方だった。

 テーブルの上に水滴が落ちた。

 可南子の涙である。


「あた、あたし……そんな、知らなくて。ペン先が毒とか、し、しらなくて……あた、あたし、あたしは、父の日に贈っただけで! 新人賞の……おかね……おれい……!」


 言葉が言葉になっていない。

 うつむく可南子。

 セットされていた髪をかきむしり、また元のぼさぼさに戻りつつある。

 ぼとぼとと机の上に涙が落ちていく光景が、とても痛ましい。


 俺はかける言葉が思いつかなかった。

 しかし探偵は、無慈悲に告げた。




「犯人が分かったよ」

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