28撃目.ダイイング・メッセージ①
一階、リビング。
テーブル上の鍋をつつきながら、ちゃんちゃんこを羽織った探偵が、推理を公開した。
「父君の指示だね」
「指示ぃ?」
俺はやる気をなくしてテーブルに突っ伏しながら、聞き返した。
可南子と来島は緊張の面持ちで、探偵の推理を聞いている。
探偵は鍋の横に放り投げた万年筆を箸で指した。
「ドイツの高級万年筆メーカー・フォーゲルの品だね。
純金製の装飾の上から超強化防弾アクリルガラスでコーティング、さらに限界まで軽量化したうえに自動筆記装置まで仕込んだハイエンド万年筆ロボットで、
売り文句は『戦車が百台乗っても大丈夫』!」
倉庫みたいなキャッチフレーズである。
「下手な倉庫より頑丈だと思うよ? 恐らく、私のパイルバンカーでも壊せない」
異常な耐久力だと思った。
万年筆にそんな耐久力いらねぇだろ。
「大戦時下の将校たちも愛用したメーカーだ。今じゃ博物館か銀座のショーケースでしか拝めないような高級品だし、値段相応ってところさ」
……万年筆ひとつに超高級品。
景平北斗という作家は、ずいぶん儲かっていたらしい。
俺はそんな高級万年筆の所為であわてふためく羽目になったのだ。
微妙につらい。
「そそ…そ、それが、どうして、父ちゃんの指示に繋がるんですか?」
可南子の問いに、探偵はさらりと答えた。
「壊れた訳じゃない、ということさ」
簡単だろう? と探偵は首を傾げた。
「こいつは……持ち主の指示があったから、あの部屋で稼働しつづけたんだ」
物音の正体は、万年筆だったのだ。
「誤作動なく、景平北斗の指示に従って稼働していたんだろう。物音が夜にしか聞こえなかったのも、北斗の活動時間が夜に集中していたから……と考えられる」
探偵は鍋を食べ終え、満面の笑みで告げた。
「これが私の解答だ」
拍手が巻き起こった。俺の拍手である。
「この世にお化けなんて居ないことが証明されて俺は嬉しいですよ。それじゃあ小遣いはいつもの口座によろしくお願いし……」
「あっあっ……あの!」
俺の上機嫌な声に、可南子が水を差した。
許しがたい。
だが、その表情は真剣だった。
「ととと、と、父ちゃんの指示って……なん、だったんですか?」
納得のいく疑問である。
物音の正体は、ロボット万年筆が稼働していたから。
だが、ロボット万年筆が稼働していた理由は、まったく明らかになっていない。
「ダイイング・メッセージだね」
その疑問に、探偵はさらりと答える。部屋の中に緊張が走った。
ダイイング・メッセージ、要するに遺言である。
探偵は緊張の視線に囲まれながら、ちゃんちゃんこの内側から何かを取り出した。
折りたたまれた原稿用紙。
それは件の部屋で、万年筆ロボットが踊っていた紙だった。
俺が机ごと殴り壊した所為で、少しくしゃくしゃになっている。
「今まで出していたのが音だけだったのは、インクが空になっていたからさ」
探偵はくしゃくしゃになった原稿用紙を広げながら、種明かしをした。
「昼にインクを補充しておいたんだ。今までは音を立てるだけだったが……今夜は、ちゃんとメッセージを書くことができただろう」
では、そのメッセージの内容とは。
可南子は前のめりになって、テーブルに広げられた原稿用紙を読んだ。
『――――――――――――犯人は、ぼく。』
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