25撃目.作家が死んだ部屋
二階、件の部屋。
「父ちゃんも作家だったんです。いつも、ここで仕事をしてました」
可南子の父『
書斎のようである。
窓が小さく、電気を点けても薄暗い。
壁は本棚で埋まっており、本棚の中も外も、やれ日本機鋼軍英傑伝やら第二次大戦日記やらスターリングラード云々やら、タイトルだけで読む気がなくなるような古臭い本で溢れている。
部屋の奥には作業机らしいものがひとつ。
作業机の隅には、整理された万年筆やペン先でいっぱいの、道具入れがある。
部屋全体に、嗅ぎなれない臭いが染みついていた。
古い本特有の臭いかと思ったが、少し違う。
「新しいインクの臭いと、コーヒーの香りが混ざっているね。良い趣味をしている」
「インク?」
「えぇ。父ちゃんは、この時代にもアナログで書いてたんですよ?」
変な人ですよね、と、可南子は薄く笑った。
その様子を見て、部屋の外に居た来島は耐え難いように話し出した。
「……部屋の中は可能な限り調べました。しかし、昼にはなにも出てきません」
「夜には調べてみたのかい?」
「ああ、あ、あたしは仕事柄、夜が忙しくて……」
「未婚の男女が夜に一緒に居る訳にもいきませんから、僕も夜はいませんでした」
要するに、夜は調べていないらしい。
俺は来島の発言に反応した。
「……え、恋人とか……ご親戚でも、いらっしゃらない?」
未婚の男女という、どこかよそよそしい表現に違和感を抱いたからである。
俺には、この二人の距離感が、単なる知人の男女にしては近いものに見えていた。じゃれ合いで女性の頭をひっぱたくのは相当親しくないと厳しいし、なにより、今回の依頼に乗り気なのは可南子ではなく、可南子を心配する来島の方だった
可南子は全力で首を振った。
来島は苦笑した。
「……僕は、北斗さんの担当編集でした。それで、可南子の世話も任されまして」
俺は納得した。
親の同僚。その親が死んでしまった。
そして、その親の同僚はどうにも面倒見がよく、娘の方はどうにも放っておけない。
彼らの奇妙な距離感は、そうやって形成されたらしい。
「世話ってなんだよぅ」
「可南子……お前、米も炊けないだろ?」
「うっ」
世話してんなぁ、と思った。
「…………さて」
来島と可南子のじゃれ合いをよそに、探偵はおおよそ部屋を検めたらしい。
机上の万年筆やらインク壺やらを触りながら、探偵は俺にさらりと言った。
「辰弥くん、張り込みの準備をしたまえ」
「えっ」
古びた本が溢れる書斎で、くるりとトレンチコートを翻す、探偵。
「今夜、お化けを捕まえてやろう」
告げられたのは提案ではなく、宣言だった。
探偵は部屋をちらと見ただけに見えた。だが、既になにか確信している表情である。
「……早くないですか? 探偵さん。お化け……音の原因に、もう見当がついたと?」
「うん」
「き……金髪美少女探偵、仕事がはやい……」
可南子の素直な賞賛の声に、探偵は自慢げに胸を張った。薄い。
「私は豊満金髪美少女探偵だぞ? 辰弥くん」
薄い。
俺は自分の家に帰る理由を探したが、見つけるより先に、探偵に逃げ道を塞がれた。
「まぁまぁ、安心したまえ、辰弥くん。キミが怖がるようなものは出ないさ」
嘘だったら怒りますからね、という目で睨んだ。
探偵は目を逸らした。
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