23撃目.小動物な依頼人①
都内、住宅街。
その中にある、二階建ての一軒家。外観だけを見れば、ごくごく一般的な民家である。
少なくとも俺には、探偵が言うような『お化け屋敷』には見えなかった。
「よよよよよようこそおいでくださいまし……ふひぃ成人男性!?」
……住人を、除けば。
成人男性である俺を怪物かなにかだと判断したらしい依頼人は、玄関先で五分ほど格闘した後、俺と探偵を家にあげてくれた。
「とと、と、とんだご無礼を……き、金髪美少女探偵だけがくるものと……油断をば……」
依頼人は『
二十代前半。
野暮ったい眼鏡で、茶色のぼさっとした長髪。
ちゃんちゃんこを羽織っている影響か、華奢な女性なのに丸く見えた。
俺とは一瞬たりとも目が合わない。玄関でパニック状態になっている彼女を見たときは家の中がどうなっているかひどく心配になったが、部屋の中は存外に綺麗だった。
一階、リビング。
まともに掃除された部屋、まともに掃除された机があった。
そして、まともなお茶まで出てきた。
「……うちの可南子がすいません。人見知りするものですから」
お茶を出してくれたのは、可南子ではなかった。
まともそうな男性である。
名前を『
三十代くらいの、線が細い几帳面そうな男だった。
可南子も来島も、どちらも眼鏡。
来島も成人男性ではあるが、可南子が来島を警戒している様子はない。
世の中は不平等だと思った。
「構わないよ。辰弥くんは怯えられ慣れているし、私が金髪美少女なのは事実だ」
俺は怯えられ慣れていないし探偵は美“少女”という年齢ではない……と言及しようとしたら、机の下で足を踏まれた。やめておく。
「た、たた、辰弥さんというのですね……えと、その、ごご、ごめんなさい」
ふひひ、と奇妙に頬をひくつかせながら頭を下げる、可南子。
「謝る時は笑うなドアホ」
「あいてっ」
ぺしっとその後頭部を叩くのは来島。ツッコミ役らしい。
外見の年齢差からして、なんというか、歳の離れた兄妹のような関係に見える。
浅い仲でないということは十二分に伺えた。
「おわび……うめぇ棒、たべます?」
「遠慮しておきます」
あぅ、という呻きとともに、可南子がヒヨコのように震える。
探偵は困ったように笑いかけた。
「……あぁ、彼は謝罪を拒否している訳ではないよ。辰弥くんはこう見えてもサイボーグでね。食事は基本的に、タバコかサプリメントで済ませてるんだ」
可南子は、探偵の言葉に目を輝かせた。
……目を輝かせる部分、どこにあった?
「ささ、サイボーグ……さん。ですか。サイボーグ辰弥。サイボーグドラゴン辰弥……」
興奮している様子の、可南子。
俺は得体の知れないおぞましさを感じて来島を見た。来島は、頭を抱えていた。
可南子は、ちゃんちゃんこの内側からなにかを取り出す。
メモ帳と、ボールペンだった。
可南子は、ボールペンの先をぺろりと舐める。
長い舌だな、と思った次の瞬間。
「サイボーグさんの一日ってどんな感じですかね。起床時刻って生身だった頃よりコントロールされてる感じはありますか? 寝返り補助機能の電力消費って体感どんな感じなんでしょう? あそれとも寝返りいらないモデル使ってらっしゃるのかな。よろしければ型番と制作会社と大体の購入時期と相談してた時の接客の雰囲気とか教えてほしいのですけれどもね。意外とネット上の意見ってクレーマーばっかり書くせいで参考にならなかったりそもそも全身改造手術の致死率が七十パーセント越えてる所為で証言自体がなかったりするのが困りも」
刹那、来島が可南子の後頭部をひっぱたいた。
可南子はつぶれたカエルのような声を出して、机に突っ伏した。
この間、一秒もなかった。
俺は面を食らっていた。
「……うちの可南子が、すいません」
「えっ……」
「職業病で……その、作家でして……」
机にギリギリと抑えつけられている、可南子。
その後頭部を抑える来島の腕には、血管が浮かんでいる。
来島は歯を食いしばり、とても、とてつもなく申し訳なさそうにしながら、告げた。
「……とにかく、今は、依頼の話を、させてください…………ッ!」
俺はもうどうにでもしてくれ、という気分だった。
探偵は終始笑っていたので、いいと思う。
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