22撃目.タカリ助手とクリスマス探偵

 よれよれのスーツのまま、俺は探偵の対面に座った。


「辰弥くん、クリスマスプレゼントは何が欲しい?」

「金」


 探偵は、俺の顔面に灰皿を投げつけた。





 東京、昼過ぎのファミレス。

 喫煙席側、窓際のボックス席に俺たちは居た。


 甘瀧温泉での事件から二か月が経過し、どこもかしこも冬の空気だった。

 タブレットのメニュー画面には雪だるまとサンタクロースが踊り、配膳ロボットが湯気のあがる品ばかり運んでいる。

 頑張っていてえらいと思う。

 俺は机の上に這い戻ってくるロボット灰皿を見て、なおさらそう思った。


「探偵さん、灰皿は金じゃないですよ」

「そんなことは分かってるよ! ったく……キミはもう、身体の修理も終わったのにさぁ。まだ金、金、金……レディからのプレゼントを期待する、心の余裕はないのかい?」

「余裕ないですねぇ」


 探偵のことをレディと呼ぶ余裕も、金以外を欲しがる余裕も、実際なかった。

 俺は医療用タバコに火を点ける。

 ロボット灰皿がとことこと寄って来た。


「甘瀧の件でけっこうな額をあげたと思っていたんだがね、お小遣いを。たっぷりと」


 百万円をお小遣いと呼ぶ探偵の金銭感覚はさておき、俺は煙を吐いた。


「……俺の身体の修理費、探偵さんに言いましたっけ」

「ん? あぁ、たしか以前サメに噛まれた時はにじゅう……」


「今回、九十五万かかりました」


「きゅうじゅうご」

「九十五万円」


 俺は繰り返し言った。探偵はまた、きゅうじゅうご、と間の抜けた声を出した。

 探偵は、ほえー、と口で言った。良い歳して以下略。


「キミ、私に歳の話をしたかい?」


 さておき、サイボーグ生活はとにかく金がかかる。

 もちろん身体能力が向上するとか、大怪我しても修理が可能とかいう利点はある。その能力のおかげで、俺は探偵の助手だってやれているのだ……だが、とにかく、金がかかる。


「サメの時は、嚙み千切られた足の交換だけだったでしょう」

「そう……だったね」

「今回はほら。腰から下も、両腕も、マルっと粉々になりましたんで」


 負傷はすべて、探偵による『囮は任せた』という指示を遂行したがためのものだった。右腕に限って言えば、探偵のパイルバンカーが直接ぶっ壊したものである。

 俺は慰謝料を求める目で睨んだ。


「…………」

「…………」


 探偵は目を逸らした。


「……探偵さん。まだ俺の足ね、人工皮膚張る金がないもんだから……」

「分かった。分かったから。今度のお小遣いは多めにしておくから。約束するから」

「クリスマスプレゼントはそれで勘弁してあげますよ」


 俺って優しい。


「大人を強請ることを覚えやがって……」


 探偵は恨みがましい声をだした。

 勝手に恨んでろ、と思った。


「…………ちゃんと労働はしてもらうからね。辰弥くん」

「給料泥棒なんて姑息な真似はしませんよ。俺は好青年なので」

「ほほーう?」


 探偵は言質をとったぞ、と言いたげな笑みを浮かべた。

 俺はその顔にタバコの煙を吐きつけた。探偵は涙目になって咳き込んだ。


「……仕事のお時間といこう」


 探偵は義手で煙を払いながら、席を立つ。


「前みたいなのは勘弁ですよ」

「問題ないさ。多分、凶悪なロボットは出ないと思うよ」


 俺は探偵を疑いながら、その後に続いて席を立った。通りすがった配膳ロボットを撫でながら、探偵は俺の方に振り向いて、猫のように笑った。



「今回の相手は、お化けだからね」



「は?」

 探偵の笑みが深まった。


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