20撃目.“壊”決
走る。
紅葉包囲網の外へ向かって。
右手に握った金の鈴二つが、激しくしゃんしゃん、しゃんしゃんと音を立てた。背後から、枝葉のざわめく音がする。それは大自然が奏でる優しい音色ではなく、迫りくる殺人紅葉ロボットの駆動音だ。
銃声が聞こえた。
俺の足が蹴った水しぶきに、俺の血が混じる。
銃声がもう一度聞こえた。今度は避けた。よかった。銃声が止む。安心した。
銃弾の代わりに、紅葉の枝が俺の前に回り込んだ。安心して損した。少し振り返る。
甘瀧沙友里が、信じられないものを見る目で、俺を見ていた。
二人に迫っていた枝は、全部こちらに来ているらしい……当然だ。紅葉ロボットが狙っているのは人間ではなく、この鈴の音なのだ……振り向かなければよかった、と思った。
俺に迫る枝の数と勢いを目にしてしまった。
明らかにやばい。
例えるならば、多頭の蛇。
それもアナコンダとかキングコブラとか、その手の大蛇。
枝をしならせ葉を揺らし、太い幹と枝が踊り狂い、その全てが、俺を捕獲し殺すためだけに迫って来る……俺の背後に広がるのは、そういった景色だ。
こんなものに襲われれば、いかにマッチョで銃を持ったタフガイであっても、脚をとられ群がられ、一瞬のうちに絞殺されて、ぶらりと枝に吊られることとなろう。
ちょうど、今からの俺みたいに。
「がっ」
まず、脚に木の根っこが絡まり、転ばされた。
振り向いていたために顔面から行くことは避けられたが、代わりに後頭部が水底の岩にぶち当たった。視界がスパークする。
痛みを感じる暇もなく、無数の枝が、俺の全身を絞りつくそうとやってくる。
足の甲がひしゃげた。
左肩から先がちぎれた。
右手の中の鈴を必死で握った。
握った上から、枝が力いっぱいに締め付けてきた。
滝つぼの水が、紅に染まる。
俺の首が、締まる。
たゆたう紅葉の葉ごと、自分の身体が潰される。
よれよれのスーツはズタボロのスーツに変わり、痙攣が起こる。
遅れて激痛が襲来し、酸素不足と悲鳴で全身がアラートを鳴らす。逃れるすべはない。
傷口に滝つぼの水が押し寄せ、枝がより締まり、命の終わりを全身で感じる。
しかし、俺に恐れはなかった。
「――――限定、解除」
ようやく、その声が聞こえたからである。
倒れ伏す俺を、一人の少女が見下ろしていた。
霧の中に立つ、純金色のポニーテール。
眼下の俺を睨む瞳は、全てを射貫くような碧色。
俺に向かって突き出される右の義手は、磨かれた銃身の如き、無骨な鋼。
三本の指が回転するように展開し、開かれた手のひらの装甲から輝きが溢れ……右腕に収納されていた全てが明らかになり、ふたまわりほど大きくなる。収納されていた炸薬が翼のように無数に広げられる。
「目標、最重要物証――――上海三〇二型プラント偽装陣地防衛システム『くれない』」
ガコン、と杭がセットされる音が、聞こえる。
俺の視界は完全に枝に遮られて、もう見えない。
だけれど、その杭の切っ先が、俺の右腕に突き付けられているのを感じた。
「解放――――パイル・バンカァァアァーーーーーー―――ッッ!!!」
霧は晴れた。
降り注ぐ、無数の紅葉。
反動ではじけた水が雨となり、陽光差す滝つぼに虹をかける。
鮮血の滴をはじくトレンチコート。
虹の雨に輝く、純金色のポニーテール。
雨あがり、晴天の下、紅葉の風の中に立つ、少女。
人呼んで、『パイルバンカー探偵』シャーロット・ポラーレ・シュテルン。
俺は思わず、笑ってしまった。
遠のく意識の中で、彼女の義手が、俺の頬に触れることが分かった。
「遅いですよ、探偵さん」
「囮ごくろう、辰弥くん」
俺は少しだけ、予測が当たったことを自慢げに思った。
あぁ、やはり。
――――彼女に砕けぬ謎など、無い。
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