21撃目.ことの顛末

 警察のヘリが迎えにきた。


「そもそも、沙友里は警察を呼んでいなかったのさ。もし通報していれば、彼女が犯人だとすぐに分かったんだけれどね?」


 探偵はそんなことをさらりと告げた。

 俺は、さっさと通報すればよかったな、と思った。

 そうしていれば、俺の修理費は、もっと安く済んだかもしれない。


「……そんな顔するなよ、辰弥くん」


 探偵は、ヘリの中、俺の対面の席に座っていた。


「悪かったよ。でもあの数だろ? 私だと死んでしまうし……一網打尽にしないと……」

「俺、両腕なくなったんですけど」





「どうせ全身サイボーグなんだろう?」

「サイボーグだから修理費がかかるんですよ。探偵さん」





「命よりは安いじゃあないか!」


 探偵は極悪なことを言った。


「脳は生ですよ。生。あと数秒遅かったら、その安くない命まで潰されていました」


 探偵は目を逸らした。俺はため息を吐いた。

 目下の悩みは、探偵からどのくらいの小遣いが貰えるのか、だった。


 サイボーグ生活というのは、とにかく金がかかる。

 消化酵素が追加購入形式だから、ファミレスで気軽に食事するのもためらわれるし。整備の度に保険適用外の薬剤・栄養剤で万札が飛ぶし。酒飲めないし。専用のタバコで心拍数を落ち着けないと、すぐ内臓器官にガタがくる。全人類、一度はサイボーグになってみるべきだ。


 ……こうなるから、毎回探偵の誘いを断ろうと努力しているのだ。

 イライラしてきたので、俺はタバコを取ろうとした。


 しかし、左腕は肩から先がなく、右腕はパイルバンカーで粉々になっていた。かなしい。

 探偵はやれやれ、と肩をすくめ、俺にタバコを咥えさせてくれた。

 少しだけ、探偵が綺麗な女だと思った。

 火は点けてくれなかった。

 探偵はひどい女だ。


「……あの人たち、どうなるんですかね」

「さぁね」


 探偵が少し目をやった。俺はそちらを見た。

 隣のヘリポートで、甘瀧沙友里が連行されるところだった。


「なんだかんだ言って二人殺してる。そのうえ、この辺に眠っていた軍用のロボット……彼らのいう『くれない』の思考プログラムまで改造したんだ。軽い罪じゃないよ」


 あとで分かったことだ。

 紅葉ロボットは、甘瀧家の守り神『くれない』だった。


 甘瀧家の人間が修行だなんだと言ってあの妙な鈴を持ち歩いていた理由は、戦前まで遡る。

 戦前から権力者や富豪が宿泊する地であった甘瀧温泉には、非常時に鈴の持ち主……客や経営者……を守るためのシステムがあったのである。


 そのシステムこそが、くれない様。

 くれない様を扱うための訓練が、長い時の中で国の兵器ロボット廃棄政策に揉まれた結果、不気味で宗教的な風習として残ったようだ。

 甘瀧沙友里はなんらかの手段でくれない様に手を出し、そのプログラムを改変した。


 市子と次郎衛門の死体が鈴を握っていたのは、守り神を信じてのことだったのである。


 どこまでも、因習に囚われた話だ。

 甘瀧沙友里は、その因習の檻から、息子である慶四郎を助けようとした……。

 その試みが失敗したこと、失敗させてしまったことに、思うことがないわけではない。

 しかし。


「失敗してよかったんだよ、あんな計画」


 俺の心を読んだ探偵は、当然のように断言した。


「そうですか?」

「よくよく考えてみたまえ。一族を殺し、自分を殺し……」


 探偵はケッと口で言った。


「息子の未来を照らすだけの『てるてる坊主』として首を吊りたいなんて、ね?」

「……自己犠牲ですか」


 俺は心底、馬鹿馬鹿しいと思った。

 そんなことを考える奴は、遺される人間の心境を考えたことがないに決まっている。


 親なら、死ぬ以外にできることもあろう。

 死んだ親は、子供に何もできないのだから。

 俺が露骨に不機嫌になったのを見て、探偵は少し困ったように笑った。


「自己犠牲どうこうって……キミが言えたことじゃ無いと思うんだけどなぁ……」


 俺は探偵から目を逸らした。

 目を逸らした先……隣のヘリポートで、また動きがあった。

 甘瀧沙友里がいる場所。

 華やかな着物の子供が、そこに駆け寄っている。

 長い黒髪の後頭部が見えた。白い布は、被っていなかった。


「まぁ、情状酌量の余地はあるんだろうな」

「どうしてですか?」

「甘瀧市子は、実際に沙友里の殺害を計画していた。別館に日記があったよ」


 俺は、何も言えない気持ちになった。

 ただ紅葉の下で抱擁しあう親子を、見る。


「…………しかし、せっかくの温泉デートなのに色っぽいイベントがなかったねぇ」


 探偵の声がした。

 俺は探偵に向き直る。

 探偵は、その手にライターを握っていた。

 俺は目を輝かせた。探偵はあくどい笑みを浮かべた。


「……そうだ、辰弥くん。次温泉に行く時はさ…………」

 警察のヘリが飛び立つ。開いたままの乗降口から風が吹き込み、雨後の紅葉が一望できた。

 秋の森を、西日が照らしている。





 探偵は、茜色の風に純金色のポニーテールを流されながら、はにかんで告げた。


「お風呂、一緒に入ろっか!」

「嫌です」


 探偵は、俺の顔面にライターを投げつけた。

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