19撃目.隠された凶器②

 俺は探偵に疑いの視線を向けた。


 だって、そんなことはあり得ない。話が合わないではないか。

 沙友里は、自分の息子を監禁していたのだ。甘瀧家の“しきたり”に従って、幼い子供を座敷牢に入れていたのだ。そんな親が、息子を助けるなどと……


「違うよ辰弥くん。沙友里は、甘瀧の人間ではない」

「……は?」

「彼女は外から嫁いできた人間さ。元女優の、美人な若女将……誘い文句にあっただろう?」


 俺は無視していた探偵の誘い文句を思い出した。たしかに、そう言っていた。

 だが、それとこれとなんの関係がある?


「甘瀧の外の自由を知っていたキミは、育つ息子の不自由を許容できなかった」


 そして、息子の末路を想像してしまった……と、探偵は次郎衛門の死体を一瞥した。


「キミは甘瀧の一族を皆殺しにし、自分も殺し、そして……息子を、解放しようとした」


「……不気味に思ってもらえれば、それでよかったんです」


 観念したように、沙友里は吐露した。


「自分と同じ姿で、家族が死んでいれば」


 吊られた死体も、未だ吊られていない沙友里も、慶四郎と同じ姿である。

 いずれも華やかな着物で、そして、沙友里も先程まで、頭に白い布を被っていた……。

 甘瀧の子の正装……座敷牢に監禁された子供と、同じ姿。


「この世界は異常だったって。檻の中は正常じゃなかったって、不気味だったって。自由じゃなかったって、気付いて……」


 本音だ、と思った。


「この場所から、逃げ出してくれると思ったんです」


 俺は沙友里を抑えながら、慶四郎の方を見た。

 思いだされるのは、母を守ってほしいと言った依頼人としての彼の姿だ。

 慶四郎は、母を嫌っていなかった。

 土蔵の中から、出ようとはしていなかった。

 それはきっと、死んだ甘瀧次郎衛門もそうだったのだろう。


「あの男と違って……私たちを、甘瀧を憎んでくれると思ったんですよ。探偵さま……!」


 俺の前で不安がるのとも、探偵の推理を聞いて納得するのとも、次郎衛門をなだめるのとも。まったく違う。あれらは、俺と探偵を欺くための演技だったのだ。


「教えてやればよかったんだよ。キミの息子はまだ、声が届く場所に居たんだから」


 探偵は間髪入れず言った。その正論には、小さくないトゲが混じっていた。

 沙友里は最後に薄く笑って、その顔を……滝の水に、漬ける。

 水深は浅い。くるぶし程度のものである。

 だが。


「……辰弥くん! そいつの顔を起こせ!」


 人が溺死するには、十分な深さだった。


「ちょっ沙友里さん!?」


 俺は抑えつけていた手を離し、その肩を掴む。水面から顔を引きはがそうとした。

 しかし、沙友里の執念は凄まじく、その細い両腕で水底の岩をがっしりと掴み、離そうとしない。離れない。ごぼごぼと、その顔の周辺から泡が……!


「母さま!」


 そこに、沙友里の息子が駆けてきた。

 華やかな着物が、滝の下の霧の中を駆け抜け、紅葉の間をかいくぐる。


 幼い四肢がせわしなく動き、その駆け足は勢いよく母親の元へ近づき……その躍動に合わせ、しゃん、しゃん、しゃん。と、鈴の音が鳴った。

「まずい」

 探偵がそう呟いたのと。


 ――――銃声が響いたのは、ほぼ同時だった。


 俺は慶四郎をかばった。

 背中に弾丸が突き刺さるのが分かった。

 脊髄には当たっていない。しかし、とても痛い。


「おつかいさま……!?」


 慶四郎をかばうように地面に押し付けて、俺は銃声の方向を向いた。

 そこには、猟銃……その銃口。



 紅葉の枝が、猟銃の引き金を引いていた。



 銃……それは、次郎衛門が握っていた、あの猟銃だった。


「紅葉ロボットは鈴の音に反応する――――本気だね。殺しに来たらしい」

「あぁ、あ。あぁ……!」


 探偵の確信がこもった声に、沙友里の声が呼応した。

 顔はあげてくれたらしい。ちょっと良いニュースである。

 沙友里が慌てて駆け寄って来たのは、少し良くないニュースだった。

……また、鈴の音が鳴る。


「バカが……ッ!」


 しゃん、しゃん、しゃん。という音に合わせて。

 銃声、銃声、銃声。

 俺は沙友里をかばった。

 滝つぼに浮かぶ紅葉の葉が、俺の血でいっそう紅く染まった。


「けいしろ、けい。慶四郎ぉ!」

「母さま……!」


 阿鼻叫喚。

 俺が伏せさせた甘瀧親子は冷静さを失い、互いに互いを呼ぶばかり。


 そんな俺たちを、紅葉は完全に取り囲んでいた。その包囲網はだんだんと狭まり、俺たちの逃げ道を完全にふさいでいく。

 猟銃を構えた紅葉が迫り、その枝をくねらせ、紅の葉っぱを揺らす。鈴の音がする。


 殺しに来ているのだ。

 表情が存在しない紅葉を見て、俺は確信した。


「……探偵さん!」


 探偵は、紅葉包囲網の外に居た。

 揺れる紅葉の向こう側で、探偵は小さくうなずいて、口の動きだけで呟いた。


『まかせた』


 探偵は霧の向こうに姿を消した。


「クソ探偵がよ……」


 俺は悪態をついた。だが、小遣い分の仕事はしなければならない。


「……親子!」

「「えっ?」」


 俺は二人から――――金の鈴を、奪い取った。

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