18撃目.隠された凶器①

「母さま、どうか……」

「探偵! なぜ、なぜ慶四郎をこんな危険なところにやったのです!?」


 しかし、母親は息子の声に耳を傾けなかった。

 慶四郎が一瞬ひるんだのが見えた。しかし、沙友里はその方を向いてすらいない。

 その視線の矛先は、未だ変わらず探偵である。

 探偵は退屈そうに鼻を鳴らした。


「キミが凶器を探しに行くと思ったからだよ」

「きょ、凶器を……?」

「犯人はキミだ。甘瀧沙友里。だけれど、キミの細腕では巨漢を吊るすなんて不可能だろう。それに、昨晩キミは私たちと一緒にいたわけだから……」


 たしかに。沙友里は華奢な体つきの女性である。次郎衛門は吊るせない。


「次郎衛門たちを吊るには、特別な凶器が必要だった」

「きょ、凶器なんて……!」

「往生際が悪いなぁ」


 探偵は周囲を見回した。




「凶器は彼ら……紅葉ロボットだろう?」



 無数の紅葉が、俺たちを取り囲んでいた。


 紅葉。何度見ても紅葉である。

 いくらロボットだと言われても、俺にはそれが紅葉にしか見えない。


 しかし……証拠はある。

 紅葉にぶら下がる二つの死体。

 甘瀧市子と、甘瀧次郎衛門の姿。


 彼らは滝を見下ろせる場所で死んでいた。だというのに、今、彼らは滝つぼの枝に揺られている。

 移動する紅葉が、ただの紅葉である筈がなかった。


「見事な擬態能力だけど、私はこの手の犯罪専門でね」

「……ッ」


 俺は納得するしかない。首吊り死体の下には踏み台が無かった。それは、犯人が死体を吊るした後に踏み台を持ち去ったから……ではない。


 踏み台は、最初から必要なかったのだ。


 首を吊る枝が、親切に下がって来て、首を括るのだから。

 死体の首に紐はかかっていない……紅葉の枝が、その首を絞めつけている。


「単純なトリックだね。凶器はずっと現場に隠されていたんだ」


 そんなんありかよ。

「ありだよ。私も上海ではずいぶん苦しめられた記憶がある。実戦的な品だ」


 実戦的な品なら仕方ない。


「問題はひとつ。紅葉ロボットにどうやって、殺害を指示しているか。その点だった」


 探偵は続けた……ロボットには、人間による指示が必要なのだ。

 大前提である。


 車は人を殺したいからといって轢かないし。

 火炎放射器は人を焼きたいからといって火を噴かない。

 どちらも、轢きたい人間がアクセルを踏み。焼きたい人間が引き金を引くのだ。


 かつて……二年前に遭遇した暗殺ロボットとて、人間が襲撃を指示したから、殺した。

 では、どうやってその指示を出す? ロボットに、どう指示して殺させる?



「簡単だ。音で識別させたんだ」



 探偵は答えた。


「『くれないの鈴』……甘瀧の人間はみな、それを持ち歩いているらしい」


 被害者は全員、その指に鈴がかかっていた。

 市子も次郎衛門も、そして、先ほどの沙友里も、である。雨に打たれ、紅葉に吊られた鈴が一瞬揺れた。それに合わせて、紅葉ロボットたちが不気味に軋む音がした。


「市子も次郎衛門も、慶四郎も鈴を持っていた……甘瀧の人間が目的なら、良い目印さ」


 探偵の碧い目が、沙友里を射貫く。


「だから、慶四郎くんには『くれないの鈴』の音を探してもらった……」


 射貫かれた沙友里が、一歩後ずさる。



「これが私の解答だ」



 沙友里は、弱弱しく息を吐いた。


「……私に、動機なんて……」

「隠すなよ沙友里。ここは言い切った方がいい」


 探偵は冷淡に告げた。




「息子を、助けたかったんだろう?」



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