14撃目.見えない犯人①

 本館。俺と探偵の部屋。

 探偵は沙友里をそこに呼び出していた。

 全ての報せを聞いた沙友里は、ひどく重苦しい表情をしていた。



「主人まで……それに私の命が、まだ狙われているだなんて…………!」



 部屋の中央で蒼褪めたその顔はそれ以上の言葉を発さなかったが、「信じられない」という感情をこれ以上なく示していた。俺は少し気の毒に思った。


 甘瀧沙友里は昨日から今日、このたった二日間で、義母と旦那を亡くしているのだ。


 肉親をばたばたと亡くす苦しみは、俺も多少知っている。

 その上で慌てず、絶望しながらも探偵の話を聞こうとする沙友里の姿勢には、どこか強い精神的な芯を感じる……子供を監禁していることはともかく、頑張ってほしいと思った。


「警察はいつ到着するか、聞いたかい?」

「さ、さぁ……昨夜の雨の影響で遅れるとは思いますが、昼頃には……」


 探偵は、うぇー、と口で言った。

 名探偵がいる殺人事件現場に警察が遅れてやってくるのはいつものことだったが、今回は特にひどい。空はとても晴れているというのに。もどかしい限りである。


 探偵は純金色のポニーテールをかきむしった。

 既に浴衣を脱ぎ、仕事着のトレンチコートに切り替わっている。


「……できれば、さっさと警察に保護してもらいたかったんだが……」


 探偵は指示した。


「沙友里。今日もこの部屋に居てくれたまえ」


 問答を許さない声である。


「え? か、構いませんけれど……よろしいのですか?」

「次郎衛門は別館で寝泊まりしていた。そして死んでいる。戻るのはおすすめしないね」

「で、ですが別館には慶四郎が……!」

「私が連れてくるよ」


 探偵は、俺を指した。


「辰弥くんを肉盾代わりに置いていく。安心してくれたまえ」


 肉盾呼ばわり。抗議しようとしたが、俺を見る探偵の目はひどく真剣だった。

 全てを射貫くような、探偵の碧い瞳である。

 俺はうなずくしかなかった。


 沙友里は少し考えこむ様子を見せた。

 しかし、すぐ納得したように、着物の帯からなんらかの鍵を渡した。親族二人が死んでいる状況では、判断の余地はなかったらしい。



 鍵を取り出すとき、しゃん、という鈴の音が聞こえた。



「別館の鍵にございます。どうか、慶四郎をお守りください」


 探偵はうなずき、鍵を受け取って、俺に薄く笑いかけた。


「沙友里のことは任せたよ、辰弥くん」

「……一人で大丈夫ですかね、探偵さん」


 俺が、ではなく。探偵が。


「問題ないさ」


 探偵はトレンチコートを翻し、俺と沙友里に背を向けた。


「依頼人を死なせたくはないし……ね?」



 小さい背中だな、と思った。

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