13撃目.二つ目の死体

 まぁ気にすることはない。と思いたい。


 俺と探偵は、沙友里に全ての推理を話し、彼女の保護を提案した。強く提案した。探偵が数多くの事件を解決している探偵だ、とも紹介して、提案した。


 沙友里は探偵の推理にひどく感激したらしく、俺と探偵の言う通りにするという。

 次郎衛門は前から怪しかったのだ、と。


 俺はよかったぁ、と思った。

 安心して、沙友里と共に、夕食を食べる探偵を眺めた。


 もみじ鍋(鹿肉を使った鍋である。よく分からんが高い。探偵は喜んでいた)。

 川魚の船盛(探偵が天然ものだと喜んでいた。よく分からんが高い)。

 あと秋のスイーツとかフルーツとか(高い。探偵は以下略)。

 高級旅館らしい露天風呂にも入って。関節部品をほぐして。

 しっかりと寝て。

 俺が寝ずの番をし。

 ほがらかに朝を迎え。

 沙友里の生存を確かめ。

 空が晴れていることに喜び。

 警察が来る前に、せっかくだから紅葉を見ておこうと滝の方へ向かった俺と探偵は……。




 次郎衛門が、首を吊っているのを見た。




 晴天。

 昨晩の雨に濡れた紅葉が、死体の重さに軋んでいる。


「…………」

「…………」


 俺も探偵も、無言で、それを見上げていた。

 現場保全のために残されていた、市子の死体の隣である。

 姿恰好は完全に同じだ。


 首を吊っているのは、紅葉の枝。

 華やかな着物。頭に白い布。そして、手元には金の鈴。

 その死体が次郎衛門だと分かった理由は、その体格である。とてもでかい。華やかな着物の下から、四角い胸筋が不気味に浮き出していた。


「……自殺ですかねぇ。沙友里さんに離れられたからとか、復讐相手である母親の市子の後を追って、とか。なんかそういう感じの……」

「……踏み台が無いんだよねぇ……」

「……木をよじ登ってうぇーい……とか……」

「……手に木くずとかは、ついて、ないねぇ……鈴だけだなぁ……」


 これは、第二の殺人である。

 俺は不気味に思った。

 服装が、二人とも同じなのだ。

 別館の土蔵に居た、あの慶四郎と同じ服装……それが、二つ。


 昨日死んでいた甘瀧市子だけならば、普段からそういう服装だったのだと思えた。しかし、次郎衛門の服装はそうではない。玄関で会ったときも、土蔵から逃げるときも、次郎衛門の着物は黒無地だった。しかし、次郎衛門の死体は、華やかな着物姿……。


 まるで誰かに見せつけるように、着替えさせられている。


 不気味な考えに、心拍数がおかしくなりそうだった。

 耐えられず、俺はタバコに火を点けた。煙を吐く。そして、ひとつ名案にたどりついた。


「いや、よく考えてみてくださいよ探偵さん」

「なんだい」

「沙友里さんを殺すかもしれない犯人は、死んだんです」

「……続けて」

「依頼は達成ですよ」


 本分を忘れてはいけない、と俺は思った。

 なにも、目の前の首吊り死体からおぞましいものを感じたから、ではない。


 探偵が依頼されたのは、慶四郎から『母を守ってほしい』というだけのことなのである。母である沙友里の危険……目の前でぶらぶら揺れている次郎衛門……は、去ったのだから、依頼達成と言っても良いと思った。

 だが、探偵は深いため息と共に、俺の内心の希望を否定した。


「辰弥くん。沙友里はまだ狙われるよ?」

「へ?」


 探偵は死体を再び見上げた。


「甘瀧だ」

「……二人とも甘瀧の人間、ですね」

「そうだ。そして、甘瀧沙友里と、甘瀧慶四郎も甘瀧の人間だ」


 俺は遅れて、探偵が懸念していることに気付いた。探偵は、被害者の共通点から全てを見抜いていたのである。




「犯人の狙いは甘瀧の人間……それは、甘瀧沙友里を含む、全てかもしれない」

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