12撃目.マジメな推理②
誰が、犯人なのか。
俺がパっと答えられないのを見て、探偵はふふんと口で言った。
自慢げな女である。
「キミが別館に行っている間、私は本館の方を調べていたんだよ」
探偵が風呂に入っていたのは、その一仕事が終わっていたからだという。
「この旅館は完全に、甘瀧一族の管理下にある。仲居さんは全員雇われだね」
「こんな山奥で雇われですか」
「キミみたいな金目当ての連中だよ、全体的にプロ意識がある……んで、当然、そいつらが欲しいのは職場であって、甘瀧温泉の全権なんか狙っちゃいない」
「へぇ?」
「客も似たようなものだ。そもそも、こんな高級旅館に堂々と宿泊できる連中なんだから、こんな山奥の通いづらい場所を手に入れても、なんの利益もない」
「……金持ちがよ」
「うん、金持ちだ。つまり宿泊客も外していい」
そうして外した人物たちがこちらです、と。探偵は義手の中でズタズタになった紙を示した。さっき破り捨てた連中である。
「……だから、容疑者は甘瀧家の人間だけ。それも、今生きていて、この旅館の経営にかかわっている人間だけだ……そろそろ、分かってこないかい?」
相関図に残っているのは、甘瀧の人間だけ。
俺はそこでようやくピンと来て、四人の中からまた一人を指さした。
「甘瀧市子はもう死んでいます」
「そうだね」
探偵は市子の名前を、上からペンでかき消した。
「そして、慶四郎はそもそも依頼人で、沙友里さんは被害者……になる予定です」
「だんだん分かってきたじゃあないか」
探偵は市子の名前をかき消したペンで、慶四郎と沙友里の名前に×をつけ……残った最後のひとつに、大きく〇を付けた。
「沙友里を殺そうとしているのは、恐らく次郎衛門だ」
俺はうなずいた。
思い出されるのは、別館で見た鬼気迫る次郎衛門の姿。
奴は、猟銃を握っていた。
あと少し俺が脱出するのが遅れていたら、今頃撃たれていただろう。
そう確信させるほどに、次郎衛門の姿は正気ではなかった。
あれは、人を殺せる人間だ。
「……あいつ、切れたら猟銃を持ち出すような男です。何をやってもおかしくない」
ここは一応、日本である。
長野県の山奥でも、一応は日本なのだ。日本で軽々しく銃を持ち出す人間は、狩猟免許を持っている場合を除いて……持っていても軽々しく持ち出す奴は……やばい。
そして奴は、あの土蔵で、猟銃を持ち出していた。
分かりやすい話であった。
「動機はまぁ、母親への復讐ってところかな」
探偵は分かり切ったことだと言いたげに語りだした。
「復讐、ですか」
「キミから聞いた慶四郎の扱いだがね、常軌を逸してるよ。戦前のド田舎豪農なら分かるが、現代で子供を監禁して顔を隠して修行だなんだ、正気の沙汰じゃあない」
思ったけど言っていいものか、という言葉を、探偵は淡々と告げた。
「『あの女』……というのは、甘瀧の女全てだろう。自分が心の病になってしまうような教育を、自分の嫁まで律儀に守っているんだ。次郎衛門は失望するか絶望するかしたのさ」
「心の病……」
おっかぁと連呼し、歳に合わない癇癪を起す、巨漢。
正常とは絶対に言えない姿だ。
正常とは絶対に言ってはいけない子供の育て方をすれば、そんな大人にもなるだろう。
俺も身に覚えがあった。
「……辰弥くん。その目はやめなさい」
探偵がぴしゃりと言った。俺は探偵を見た。
「すいません。探偵さん」
「いいや。キミの生まれを思えば、気持ちは分かるよ」
浴衣のまま肩をすくめる、探偵。
そのまま、彼女は当然のことを言った。
「だが、甘瀧沙友里は護衛対象だ。殺されていい人間じゃあない」
たとえ子供を監禁するような母親でも、その子供が、母を守れと依頼しているのだから。
「小遣い分の仕事はしますよ、えぇ」
俺は胸にたまったやるせない気持ちを、タバコの煙と一緒に吸い込んだ。
人間関係は理解できないことが多い。
自分を虐待しているような母を守りたがる息子もいれば、自分で殺した母親を『おっかぁ』と呼んで荒れ狂う病人もいる。
病人に至っては、母とおそろいのアクセサリー……金の鈴を、大事に持ち歩く始末だ。
……そこで、何かが引っ掛かった。
言葉にできない違和感である。
しかし、俺の頭ではその違和感を処理できなかった。
タバコを咥える俺を見て、探偵は義手をガシャンッと手の形に戻した。
「よろしい。辰弥くん、沙友里を呼んでくれたまえ。警察が来るまで保護する必要が……」
その瞬間。
部屋の戸が開け放たれた。
「おくつろぎのところ、たいへん失礼いたします……!」
そこに立っていたのは黒髪の美女。今話題にあがった甘瀧温泉の若女将、沙友里である。
沙友里はひどく焦った様子で、口を開いた。
「……この雨で、警察の到着が明日になると……」
俺は、窓の外を見た。
探偵の推理に夢中になっていた所為か、俺と探偵は、まったく気づいていなかった。
豪雨である。
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