11撃目.マジメな推理①

 俺が本館の部屋に戻ると、窓ガラスが曇っていた。

 探偵が露天風呂に入っているらしい。俺が命の危険を感じていた、あの間に……だ。


「おかえり、辰弥くん。一緒に入るかい?」

「嫌です」


 探偵は窓を開け、俺の顔面に風呂桶を投げつけた。避けた。

 裸体からは全力で目を逸らした。





「……よく生きて帰ってこれたねぇ」


 風呂からあがった探偵はまずそう言って、俺に膝枕を提案した。断った。無言で睨まれた。

 湯上りの探偵は目に毒である。

 しかも、浴衣姿だ。


 純金色のポニーテールが少ししっとりとしていて、白い肌に朱がさしている。それだけでも十分に目に毒だったが、特に、浴衣のサイズが合っていないのが問題だ。

 大きな義手に引っ張られ、サイズが、大きい。

 緩い浴衣の胸元が、少しだけ。ほんの少し鎖骨が見える程度に……

 ……義手の方を見て、俺は自分を正気に戻す。


 乾燥のためにガションガションと開閉を繰り返す、義手である。

 三本の太い指が広がり、開かれた手のひらの装甲が分割されて、開いて、鋭い杭が飛び出て、また収納される……メカニカル。おぉ、潤滑油が滴る、とてもレトロで原始的なメカニカル。

 探偵はもう美少女という年齢ではないと思い出せたので、俺は平常心に戻った。


「とりあえず、聞けた話は以上です」

「むーん」


 探偵は義手を義手の形に戻し、その太い指で形の良い顎を撫でた。


「……狙われているのは、市子だけではなかったのか」

「あっ」


 言われてみればそうである。

 慶四郎が『殺されるかもしれない』と語った、殺されるかもしれない母親は、沙友里である。

 それは、滝の紅葉で首を吊っていた市子ではない。


「……どうなんでしょうね」


 俺は考えてみたが、それらしい答えは浮かばなかった。

 市子が自殺なら、依頼とは無関係だと思えた。しかし、市子は自殺ではなかった……市子を吊った誰か。つまり、犯人がいる殺人なのである。

 分からない。


「しかし、そのおかげで分かりやすくなったね」


 そこで、探偵は何かを理解したらしかった。


「だって簡単じゃないか。キミが聞いてきたんだろう? 辰弥くん」


 俺は自分が聞いてきた話を思い出した。

 舌足らずな声。慶四郎が探偵に依頼するに至った、土蔵の前での相談……『あのおんなに、あまたきをやるわけにはいかない。ころしてやる』。


「沙友里を殺そうとしている人間は、甘瀧温泉の人間だ。これで一気に候補が絞られる」


 探偵は机の上に謎の紙を広げた。人物相関図らしい。

 相関図には知らない名前が無数にあり、俺はそれを覚えようとしたが、探偵は即座にその部分を義手でビリビリッと破り去った。


「こいつらは関係ないってことだね」

「えぇ……?」


 残った人名は、知っているものばかりだ。


 甘瀧市子。

 甘瀧沙友里。

 甘瀧次郎衛門。

 そして、甘瀧慶四郎……。

 甘瀧温泉の女将、若女将、大旦那、その息子を含む、甘瀧の人間ばかり。


「もう分かるだろ? 誰が犯人か」


 探偵は軽く言ってくれた。

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