9撃目.座敷牢の依頼人②
依頼人・甘瀧慶四郎は、大旦那・
彼の依頼は、こうだ。
『母が殺されてしまう』『だから助けてほしい』。
以上……簡潔な話であった。簡潔すぎて、俺にはそれ以上の理解ができなかった。
「……母が殺される、と言うと……沙友里さんが?」
「はい。わたくしの母、沙友里でございます」
慶四郎の表情は読み取れない。
その顔面が白い布で完全に隠れているから、当然のことだ。
だが、彼の言葉に嘘はないだろう。こんなにきっぱりとしていながら、しかしどこか不安に揺れているような受け答え……同年代の天才子役でも、ここまでの偽装はできまい。
この幼い少年は、母が殺されると本気で思っているのだ。
「……なぜ、そう思ったのですか。慶四郎さん」
「なぜ……?」
「沙友里さんが殺されると思った理由です」
理由もなく母が死ぬ、と本気で思う子供はたしかにいる。幼少期に抱く普遍的な不安の一種だ。肉親の唐突な死というのは、誰だって恐れ、一度は想像するものであろう。
だが、殺される……となると、少し違う。
その発言には、なんらかの根拠があってしかるべきだった。
慶四郎は質問の意図を理解するや否や、なんの淀みもなく、答えた。
「このつちぐらの前で、そうだんする声が聞こえたのでございます」
「相談?」
「えぇ。たしか……
『あのおんなに、あまたきをやるわけにはいかない。ころしてやる』
……だったかしら。じょうだんのような空気ではありませぬ。ほんきの、声でした……」
ぷるぷると、蝋燭の灯りに震える慶四郎の姿が見えた。
俺は耳を澄ました。
そして、一つの疑問に辿り着いた。
「……本当ですか?」
「はぇ?」
俺は耳を澄ますのをやめた。
「この土蔵。防音効果は中々のもののようです。そう簡単に声が聞こえるとは思えません」
俺がたしかめたのは、ここから外の音が聞こえるかどうかだった。
外は無人の山だが、音はある。
木々のざわめく音。葉の擦れる音。そして、少し離れるが……水の音も。だが、そのいずれも聞こえなかった。中庭の中の音も、隣にある別館の中の音も同様に、だ。
シン……と静まりかえった土蔵の中で、慶四郎はくすくすと笑った。
「なるほど。しゅぎょうしていらっしゃらない方は、そう思うのですね」
依頼人の口から出たのは、現代日本らしからぬ響きだった。
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