7撃目.忠告は無視する為にある
「主人がいる座敷は別館にございます。
立ち寄ることはないと思いますが、近づくとまた危険ですので、できるだけ近づかぬようお願いいたします……」
という言葉と共に、俺と探偵は本館の部屋に通された。
いかにも高級旅館な和室である。
味わいのある畳に、水墨画で龍が描かれたふすま。窓際には紅葉を眺めながら酒を飲めそうな謎のスペースがあって、調度品は全て色艶の良い高価そうな木材でできている。
部屋の外には露天風呂まである。貸し切りだ。
中を見渡せば、真ん中の机に高そうな和菓子が盛られた高そうな皿もある。
探偵は素晴らしい身のこなしで、机横の座椅子に飛び込んだ。
「辰弥くん、どれ食べる?」
「灰皿だけください」
探偵は俺の顔面に灰皿を投げつけた。キャッチできた。
クリスタル細工の、ガラスで出来た灰皿だ。灰皿まで高級らしい。
俺と探偵のやりとりを、沙友里は不安げな表情で見つめていた。
「……で、だ」
探偵が次に口を開いたのは、机の上の和菓子を平らげた頃。
沙友里が俺たちに夕食の時間を告げ、立ち去ったその直後のことであった。
「キミ、別館に行ってきてくれたまえ」
「さっき近づかぬようお願いされた場所では?」
だから沙友里が去るまで言わなかったんだ……と、探偵。俺は荷物を下ろしてタバコを吸い始めたところだった。せめて吸い始める前に言ってほしかった。
「せめて理由を聞かせてくださいよ。理由を」
「私と辰弥くんの間に理由なんていらないだろう?」
「いりますね」
「いるかぁ」
いるのだ。
「……理由なく小遣いを増やすほど、探偵さんの財布の紐はゆるくないでしょう?」
探偵はにやりと笑った。
「まぁ、そうだね。キミにやる小遣いは必要経費の範囲に収めたいところだ」
じゃないと甘やかしてしまうからね……と、本気か冗談か分からない言葉を漏らす探偵。雰囲気は冗談寄りだったが、必要経費という言葉だけで、俺は妙な納得を感じた。
経費とは、仕事の中で発生する出費である。
つまり。
「仕事だよ。私にメールした依頼人が、あの別館で待っている」
俺を温泉に誘った時点から、今回の仕事は始まっていたらしい。
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