4撃目.最初の死体②

 探偵が口を開いた。


「私はたしか、こう言ったね――――『絶対に殺人事件は起きない』と」


 探偵の言葉は俺の耳に入らない。とにかく、その異様な女の死体から目が離せなかった。



 死体は、てるてる坊主のような姿をしていた。



 頭を白い布ですっぽり隠し、華やかな着物を着たまま、力なく枝に吊るされている。

 着物の袖から皺だらけの枯れ木のような手指が覗き、そのうえに紅葉の木漏れ日が差し込んで、照らしている。グロテスク趣味の風景画めいていた。

 風が吹く度、紅葉の枝と共に、死体が揺れる。


 また、しゃん…………という、鈴の音が聞こえた。


 音の原因は、死体の指先。

 しわがれた指に吊るされている、金の鈴だ。


「申し訳ないが、あれは嘘になってしまったようだ」


 探偵は、あんぐりと口を開ける俺の隣で、儚げに微笑んだ。

 俺はタバコに火を点ける。

 我慢できなかった。


「……探偵さん。これを殺人事件というのは、早計でしょう」

「なぜそう思うんだい? 辰弥くん」


「山奥で、死に方も首吊りです。自殺と考えるのが自然かと思いますが」


 これはどこからどう見ても、自殺だ。

 たしかに残念で残酷な出来事ではあるが、俺たちが関わるような事態ではない。山の管理をしている人間か警察に連絡すれば済むことである。

 俺と探偵が巻き込まれるような殺人事件が、そうポンポンと起きるはずがない。

 ……という俺の意見は、探偵の一言で消滅した。


「踏み台がないだろ」


 俺は死体の、その下を見た。

 そして、そこには踏み台がなかった。

 死体が、自分の背より高い紅葉の枝に、首を吊っているというのに。


「踏み台なしじゃあ、首を吊る高さまで頭を持っていけない……自力では、ね」


 つまり、自力じゃなければ可能らしい。

 俺が煙を吐いて納得してしまった辺りで、探偵は断言した。


「これは殺人事件だよ。辰弥くん」


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