2撃目.銭ゲバ助手とロリババ探偵②

「辰弥くん。キミ、私に歳の話をしたかい?」


 俺はうなずいた。

 俺を深夜のファミレスに呼び出した探偵は、可憐な唇で舌打ちした。


「あのね、辰弥くん。レディというのは年齢を意味した呼称ではなく、淑女という意味だ。おしとやかな女性であれば誰もがレディなのだよ。分かるかい?」

「おしとやか……?」


 人の顔面に灰皿を投げる女が?


「私は日本語で話している筈なんだけれど?」


 俺は学がないので、わからない日本語もいくつかあるのです……と適当に返そうかと思ったが、次は灰皿よりもっと凶悪なものが飛んできそうだったので、黙った。


 沈黙の時間、投げられた灰皿が机の上に戻って来る。


 灰皿には小さい足が生えていた。最近普及したロボット灰皿だろう。

 頑張っていて偉い。

 俺も、彼女の誘いを断るために努力しなければならなかった。


「しかし探偵さん、急ですね」

「いつものことだろう?」

「いつものことじゃあ困るんですけどね?」


 しかし、いつものことであった。


 探偵とは長い付き合いである。

 彼女から急に呼び出されるのも、初めてのことではない。


 二年前に出会った場所からして、殺人事件が起こる洋館だった。あのときも酷い目に遭った。まさか肉親の血を頭から被ることになるとは……。

 ……突如フラッシュバックした血の臭いを振り払うため、俺はタバコに火を点ける。ロボット灰皿が寄って来た。かわいい。煙を吐きながら、俺はタバコの灰を落とした。


「……またサメのエサにされるのはごめんですよ。変形スポーツカーとトライアスロン追いかけっこするのも」

「待ってくれ辰弥くん。キミ、温泉デートの何を警戒しているんだ?」


 俺は何もかもを警戒していた。


「温泉……温泉に行くとなれば、湯けむり殺人事件が発生するんでしょう? 探偵さん。アンタが俺を呼ぶ時はいつもそうだ」

「いつもはそうだが、今回は起きない。絶対に殺人事件は起きないさ。信用してくれ」


 俺はタバコの煙で返事した。探偵は目を逸らした。


「……プレゼンするね?」


 探偵は懐から茶封筒を取り出し、それでタバコの煙を払う。ファミレスの照明が茶封筒の中を透かした。札の形をした影。

 柔らかさからして恐らく紙……俺の視線は釘付けになった。


 金だろうか。

「残念、金じゃない」


 俺は興味をなくしたが、探偵はその茶封筒を俺の方に差し出した。仕方がないので受け取って、中身をあらためる。出てきたのは、二枚のチケットだった。


「ある筋からもらったんだ。羨ましいだろう? 辰弥くん」


 とくに羨ましくない品だ。

 温泉旅館のチケットが二枚。旅館の名は『甘瀧あまたき温泉』で、風情ある旅館の外観が映っている。合成で立派な滝の写真までくっついていた。滝が見どころらしい。


 知らない旅館だが、貧乏人の俺からすると高級旅館の類に見える。

「キミの想像の三倍くらいは、高級な旅館だね」

「へぇ」


 興味を持てない俺の返事を無視して、探偵はきらきらした瞳で語りだした。


「客はもっぱら政治家に財界の大物に芸能界のスーパースター。大金持ちに大人気」

「へぇ」

「若女将さんは元女優で、一目見たら忘れられない美女だ」

「へぇ」

「今は紅葉と滝が同時に見れる最高の時期だから、それを見ながら地酒を一杯……」

「へぇ」

「…………養殖じゃない川魚もあるよ!?」

「それ、腹壊さないんですか?」


 探偵はぐぬぬと口で言った。いい歳なんだからそういう言動はやめてほしい。


「私が若い頃は天然ものイコール、闇市でも買えない大贅沢品だったんだが…………」


 やっぱりレディという歳ではないように思う。闇市で魚を買うような時代なんて、大戦直後の十年くらいであろう。俺が生まれるずっと前だ。


「……最終手段だな」


 探偵は、俺の目をまっすぐ見つめた。

 碧い瞳で射貫かれる気がしたので、タバコの煙でそれを遮る。

 探偵は煙で咳き込んだのち、深く息を吸って、涙目で最終手段とやらを告げた。


「小遣いをやる」


 俺はタバコの火を消した。

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