詫びる
――ここで何してるかって? はぁ、見てわかりませんか。
詫びてるんです。
……あなた、知らないで声掛けたんですか? まぁ、呆れた。この辺の人は、皆知ってるのに。
私が、人殺しの娘だって。
父がね。この場所で、人を殺しました。……もう、十年も経ちますか。
酷い男でしたよ。酒乱でね。飲んでいないときはまぁ、それなりの人間でしたが、一滴でも口にしたら、もういけません。大声での暴言なんてかわいい方で、家族を殴る、蹴るは当たり前。酷いときは包丁なんて持ち出してね。
そんな男がショッピングモールの建設反対運動になんか参加したら、刃傷沙汰になるのは必至でしょう。……周りも、止めてくれればよかったのにね。
ええ、亡くなったのは、警察官の方だったらしいです。お休みの日で、飼っていたわんちゃんのお散歩中だったらしいです。
建設反対、なんて叫んで暴れる父を窘めようとして、突き飛ばされて、そこに、たまたまトラックが突っ込んできて……。
小さなお子さんがいらっしゃる方だったと聞いています。詫びても、詫びても、許されることではないと思います。――それでも、手を合わせずには。
なぜ、建設を反対していたか、ですか? さぁ――このあたりの土地が悪いから、なんて、地元のお年寄りは言ってましたけど。
私の地元でもありますから、いろんな噂は聞いたことがありますよ。
曰く、いぬの化け物が現れる。
曰く、井戸に落とされた人の霊が出る。
曰く、この場所で死んだ人間は、土地に囚われて、二度とここから出られない――
……まぁ、噂です。学校の怪談とか、そういうレベルの。
土地がよくないから、そんな所に大きな建物を建てれば災いが起きる。というのが反対派の言だったように思います。でも――少なくとも父には、そんなのただの口実だったと思います。
地元の人間はね。ショッピングモールが出来て、商店街から客が流れるのが嫌だったんですよ。だから、そんな迷信持ち出して、抵抗した。そういうことでしょう。たぶんね。
父ですか? 警察官の方が車に轢かれるのを見て、酔いが覚めたのかしらね。走ってその場を逃げ出しました。最低ですよね。せめてすぐ自主して罪を償えば、まだ少しは救いもあったかもしれないのに。
父が逃亡している間に、私は当時お付き合いしていた人とお別れしました。兄は仕事をクビに。母は心労が重なって、倒れて……そのまま。
それだけ私たちの人生をめちゃくちゃにした父は、あっさりと、遺体でみつかりました。
自殺ですよ。ほんとに――情けない。反省してるポーズのつもりでしょうか。ショッピングモールの、建設場所に戻ってきて。
だから、父はここで幽霊になったんです。人殺しを悔いて自殺した男の霊が出る、だなんて。この場所で死んだから、土地に囚われたんだ、なんて。
――ほら、あそこの柱に、吊り下がってるのが見えるでしょう? ――首を吊った、父の姿が。
………………ふふ。
あはは。あっはははは!
……冗談ですよ。そんなもの、私にも見えません。……たまに、ね、霊感があるなんて自称する人が声をかけて来るんです。そんな人に今みたいなことを言って、さも何かが見えてるみたいな返事をされるのが可笑しくて、つい、言っちゃうんですよね。
貴方みたいな、狐につままれたような顔も――面白かったですよ。ええ。
……喋りすぎました。もう、良いですか?
え? 私は、いつまでここに居るのかって? それは――お詫びのお祈りをしたら、帰ります。帰りますよ、わたしの家に。
帰れないわけ、ないんですから。
――出られないわけ、ないんですから。
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