伯母の話

 ――さくらちゃん。久しぶり。

 そして、颯太くん、ですね。はじめまして。

 

 さくらちゃんの伯母で、雅代の娘の伽耶かやと言います。突然電話して、さぞかし驚かせたでしょう。ごめんなさいね。

 

 雅代が――母が、倒れました。


 血を吐きまして。意識も朦朧としています。容態は一旦落ち着いて、今は一般病室にいるわ。……けど、今後の経過についてはお医者様も、言葉を濁していて。

 

 うわ言であなたたち二人の名前を呼んでいるの。だから連絡しました。

 

 倒れたのは、霊障に関する相談を受けた先のお宅で――お名前は「佐々木」さんです。


 ……そう、やっぱり、心当たりがあるのね。


 さくらちゃんの話、ショッピングモールについては母から聞いてるわ。

 

 あの場所はよくない。本当に……よくない。


 ――あそこはね放穢ほうりえと呼ばれてた。ありとあらゆる穢れを放り捨てるための場所だった。

 

 そもそもは、死体なんかを投げ捨てための場所だったらしいわ。――ええ、もう何百年も昔のことですけれどね。

 今と違ってたくさんの人が死ぬ時代。火で浄化するのも追いつかないくらいの屍を捨てるための場所。


 近代になるにつれて、墓場としての役割はなくなったけれど。一度溜まってしまった淀みはどうしようもない。

 だから出来るだけ距離を置いて、そっとして――触れず、鎮めて、時が過ぎるのを待つ。そんな場所でした。


 でも――負の力でも力は力だと。そんなことを考えた人間が現れてしまった。それが当時の犬坂家の当主、犬坂兼秋かねあきよ。


 犬坂が屋敷を建ててその地につけた名は逆穢さかえ。穢れの負の力を逆手に取れば、犬坂の家を更に富ませることができる、だなんて考えたのかしらね。


 浅ましいことね。

 

 ……栄永さかえい町という地名はね。犬坂が死んだ後に読み替えて、無理やりつけた名前なの。


 兼秋はあの場所で、よくないものを信仰していた。あの穢れの溜池のような淀んだ地に居るものなんて、触れて良いはずないのに。 

 こうべを深くたれて、目を逸らし、存在を認知することすら避けた方が良い。そんな存在よ。


 ――それは……ああ、見えてしまった。二目と見られない醜さの、人の顔をした犬の子の姿をしているわ。


 いぬおぼご? ……そう、そんな名前なのね。なんとも不気味な響きじゃない。あれにぴったりだわ。

 

 ああ、厭だ。気持ちが悪い。毛も生えぬ、薄らと青い血管の透けた肉色の肌がたるんで――人の目を細めて、縦と横に裂けた口でニタニタと笑って。

 

 そんなものを祀ってしまった。おまけに……捧げ物までして、神のように扱った。

 そう、捧げたのは人間よ。その何かが求めたから。「贄を捧げ」と。……まったく、碌なものではないわ。


 ……話を戻すわね。佐々木さんのご依頼は、亡くなった息子さんの霊に関するものでした。母は、彼の死因があのショッピングモールと関係していると予想していた。


 息子さんは、あの場所で贄に選ばれてしまった。そして、死して今……何かに変質している。

 ……良くないもの、としか言いようがないわね。犬坂の悪辣に当てられたかしら。


 びちゃ


 ぐしゃ


 べちょ


 ――ああ、そっちにも、聞こえてるのね。この音。


 ……今、母が入院している病室に付き添っているの。

 

 さっきからずっと、窓の外を何かが落ちて行く。桃色に湿った――肉片、灰色の臓物、皮膚が張り付いたままの、腕や脚やその一部。

 そんなものがぼたぼたと、次から次へと降ってくる。びちゃびちゃと聞くに堪えない音を響かせて。


 笑っているわ。兼秋の声が、下手な犬の鳴き真似が、部屋中に聞こえる。


 ――さくらちゃん、颯太くん。ここには来ちゃダメよ。


 妹さんを助けたいのなら、あの場所で、呪いの核となっているものをどうにかすること。おそらく犬坂に由来する何かが、きっとある。

 

 え?母さん? 意識が戻ったの? ……何? 違う?


 ……子ども……男の子……? どういうこと?


 犬坂家の子どもは、三人とも女の子だったでしょう。


 ねぇ、母さん、母さんったら。ああ、先生、母の意識が――


 ツー、ツー、ツー

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