とある父親の話
本日は、お越しいただきありがとうございます。
息子のことですが……お恥ずかしいのですが、私は、ほとんどあの子とは関わって来なかったんで。……あまり大した事はお教えできないのですが。
教師の仕事は忙しいもんでして。今では働き方改革だなんだと言われてますが、あの子が小さい頃はそんなの言葉すらなかった。
平日は夜遅くまで残業。土日は部活の顧問。家のことは妻に任せっきりでした。……でも、周りだって、ほとんど同じような感じでしたよ。うちだけが特別……だなんてことは、無かったと、思います。
妻は、いわゆる家庭的な女です。料理は上手いし、部屋はいつでも整ってて、シャツなんかも、いつもぴしっとアイロンをかけてくれていました。
……息子の教育のことも、きちんとしてくれていましたよ。特別優秀というわけではありませんでしたが、他所様に言って恥ずかしくないレベルの大学には入れましたし。
溺愛……は、していました。結婚して十年たって、ようやく恵まれた子でしてね。目に入れても痛くない。そんな感じで。
――成長した息子は私の後を継いで、教職に就きました。
ええ、嬉しかったですよ。ほとんど家には帰れなかったけど、私の背中を見ていてくれたのかと。
え? ……ああ、この音ですか? 妻です。隣の寝室で臥せっていまして。……大丈夫ですよ、寝返りしてるだけです。
なんでしたっけ……ああ、そう。教職です。教師の仕事は楽しいと言っていましたよ。私もまだ……定年はしたんですが嘱託で勤務してますから、同居はしてますがあまり顔を合わせることもないんですが。充実しているようでした。
……あの女生徒のことですね。その話を聞いたのが……先方のご家族との話し合いが、相当拗れてからのことで。……はぁ、私たちには……寝耳に水でして……。
そんなことがあった後、学校を……傷病休職ですか? したらしく。しばらく家にいたんですが……。
……はい。電車に、ね。飛び込んで……。即死です。
その場所が、自宅から遠い……縁もゆかりも無いところでして。なんでそんなところでって思いました。
本当に自殺かって?……まぁ、不審な点はありましたよ。でも、遺書がありまして。あいつの筆跡で、妻も認めて……。最近のごたごたもありましたので、警察の人も、自殺だと判断したらしいです。
後から、所持品を返してもらいました。遺書もその中に。「先に行きます」って言葉の後、私たちに謝ってた。気になったのは――カバンの中にね、汚い紙コップが入ってたんですよ。茶色く汚れた、使用済みの。
底に「贄」――って。赤いペンで、書いてありました。その字を見つけたとき――なんだか、体の芯から冷える心地がしましたね。
……ああ、煩いですね。すいません。妻にね、聞こえてたんでしょうね。息子の死をとても悲しんでいましたから。無理もない。
ところでお顔色がとても悪いですが――はぁ、大丈夫ですか。なら良いのですが。
……それで……そうそう。葬儀も終えて――その後にね、変なものが届きだして。
はじめは、「お返しします」――と、書かれた……何か、目? や手、足……なんかの、人体のパーツを模した、下手な工作のようなものがね、宅配で。
――気味悪いですよね。一緒に入っていた手紙に、「贄」がどうとか……。そう、紙コップの底に書いてあった漢字も書いてあって。
……妻がね。それを見て、参ってしまって。毎日毎日、神棚に向かって手を合わせるようになりました。
「息子をお救いください、私の全部を代償にしますから」なんてブツブツ言いながら。
そしたら、その祈りが通じたのか――届くものに変化がありまして。
はい、これです。封筒に入った、息子の写真です。目を閉じて、真っ青で、仰向けに倒れている。それが毎日毎日、届くんです。――それが、日に日に……形が変わってきてて。
膨らんでいくんです。息子の身体が。ぶよぶよ、といった感じですね。空気ではなく、水を含んだような膨らみ方で。
なのに何故か血色は良くなっていくんです。最新の写真なんかは、顔色が生きてるときも良いくらいで。
そして、少しずつ、目が……開いて……。
……………………すいません。
最後に来た写真の下には「ご報告します」って、書かれてます。……「息子さんは神の一部となりました」――って。
それからね、毎日息子が帰ってくるんです。毎晩毎晩毎晩毎晩、私が寝室に入ると、立ってるんです。
――――がずぐん がずぐ、がず、ぐぅ、ん、んんん
……ああもう、煩いな。少し失礼しますね。
……こら、お客様が来てるんだぞ。少し静かになさい。
ああ……これですか? 妻ですよ。歯と、手と、足がね。……おそらく、祈りが通じたんでしょう。
息子にあげたっていうことになると思うんで、もう、無いんですよね。
――だから今は、ここでこうしてのたくることしかできないんですよ。……かわいそうですよね。本当に。
一生懸命に子育てした結果が、これかぁ、なんて。
やっぱり――大丈夫ですか? ……そんなに、血を吐いて。
……無理なんですね、やはり、息子を――どうにかしていただくのは。……ねぇ、あの、呼びましょうか? 救急車……。
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