◯ふたりの話 フードコート
「なるほどねぇ。……そのクソ教師が元凶だとしたら――大勢のお客さんの中でよりにもよって凉香ちゃんが消えた理由になるね」
昼時らしい賑わいをみせるフードコートで、さくらはふたつ目のバーガーに手を伸ばしながら言った。
「……よく食うね」
「今朝のトレーニングの分は、ゼロカロリーとなります」
そういえば筋トレが趣味だと言っていたっけ。颯太は思い出し、力こぶを作ってみせるさくらに苦笑する。
実際鍛えてはいるのだろうが、着ている服がオーバーサイズなのもあいまって、全然華奢に見えるのだ。
そして、自身のトレーに置かれたサラダセットに視線を移すと、げんなりした表情でため息をつく。
「……今さらだけど大丈夫かな。こんな場所でメシ食って」
「ホント今さら。大丈夫でしょ。このバーガー屋、信頼と実績のグローバルチェーン店だよ?」
「そうだけど」
「ちゃんと食べときな。まだ歩き回るんだし、もたないよ? 体は資本でしょ」
「あー、うん。……最近、あんま食欲わかなくて。部活辞めて長いせいかな」
颯太の言葉を受けて、さくらは椅子の横に置かれた彼の荷物に視線を向ける。そこには布ケースに包まれた竹刀が立てかけられていた。
何かしら武器があればと、段ボールから引っ張り出してきたものだ。
「剣道部だったっけ。なんで辞めちゃったの?」
「……今の学校には、部がないからさ」
「ふぅん」
気のない返事をしながら、もそもそとハンバーガーを食べ終えたさくらは丁寧に包装紙を折りたたみ、律儀に「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
「……さて、その教師の風上にもおけない、女の敵な卑劣ロリコン最低クズ野郎が今回の件に関係あるとし、た、ら」
「ひっでぇ呼び方」
「本当のことでしょ。えっと……なんて名前なの?そのクズ」
「ああ……佐々木
その名を呼んだ瞬間、周囲の喧騒がぴたりと止んだ。
先程までは、何の変哲もない昼時のフードコートだった。
――今は、誰も言葉を発さない。隣に座る若いカップルも、向かいの席の家族連れも押し黙り、ぴたりとその動きを止めて――颯太達を見つめている。
颯太は素早く竹刀を手に取って立ち上がり、周囲を見渡した。
白い机と椅子が点々と配置され、それを囲むようにして様々な料理を提供する店が並んでいる。照明の光眩く、広いフロアだ。
その場にいる人間全て――椅子に腰掛ける人々も、ブースの中にいる店員も、その全てが押し黙ってこちらを見つめている。
その表情は一人の例外もなく、怖いほどの笑顔だった。
「……なに?」
異様な雰囲気に、振り返ったさくらも頬を引き攣らせる。いつの間にか館内放送の音楽も消え、痛いくらいの静寂だった。
そんな中、二人の机に一人の女性が近づいてくる。
モップとバケツを持った彼女は、このショッピングモールの清掃係のようだ。相当高齢だと思われる枯れ木のような細い体に、身につけた制服がだぼついている。
「お客さまは、神さまです」
「……え?」
彼女は座ったままのさくらを見下ろしながら言う。口調は柔らかであったが、弧を描いた目には有無を言わせぬ圧迫感があった。
「ですからね。神さまになられたんです。尊い御方です。愚弄することはいけません。いけませんよぅ」
彼女はそう言って首を振る。唖然としていたさくらはその言葉を聞いた途端、強く老女を睨みつけた。
「――それは、佐々木一仁のことですか? クズをクズって言って何が悪いんですか?」
「ちょ、森下さ――」
「だってそうでしょう? 先生って立場なのに、まだ中学生の女の子付け回して……。教師以前に、大人として恥ずかしいでしょ? そんな野郎をクズって呼んで、何が悪いのよ!」
静まり返ったフードコートの中、さくらの声が大きく響くと、それまでにこやかに彼女を見下ろしていた老女が勢いよくその顔面をさくらに近づけた。
恐ろしく素早い動きだった。
――その目と口は、人間とは思えないほどに、大きく見開かれていた。
「う る さ い」
――颯太は耳を疑った。その口から発されたのは男の声で、それは間違いなく、佐々木のものだった。
女はのろのろと、モップを持った手を振り上げる。
颯太が我に返ったときには、女はさくらに向かってその柄を振り下ろそうとしているところだった。
――危ない。颯太は竹刀を構えて踏み込むが、間に合わない。その時、
さくらの鞄についた鈴が白く発光し、パンと音を立てて、爆ぜた。
「きゃ……!」
眩い光にさくらは短く悲鳴をあげ、女は怯む。その隙に颯太が繰り出した竹刀が女の手からモップを弾き落とした。
プラスチックが床にぶつかるカランという音が、静かなフードコートにやかましく響く。
「逃げよう!」
颯太はさくらの手を引く。
エレベーターに駆け込む。背後から、それまで止まっていた時間が動き出したかのような平和な喧騒が聞こえ始めていた。
振り向くと、閉まっていく扉の向こうに、二人に向かって手を振る少年が立っている。
不思議とその顔は朧げにしか見えない。その顔を目を細めて捉えようとしたとき、エレベーターの中に気の抜けた電子音が響き渡る。
さくらのスマホから鳴る、着信の音だった。
エレベーターの扉が閉まった。
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