◯ふたりの話 糸

「凉香……無事……なんですか」

「颯太くんのね、左手首に淡い、黄色の糸が結びついとる。それは凉香ちゃんの魂と繋がっとるのよ。可愛らしい……たんぽぽみたいにあったかい色やね。妹さんの、好きな色なんでしょう。髪の毛もこの色の紐で結わえててね」


 雅代の言葉に、颯太は目を丸くした。

 

 彼女の言葉どおり、凉香は淡い黄色が好きだった。


 半年前の颯太の誕生日にプレゼントされたハンカチが、そんな感じの黄色で。礼を言いつつも、普通こういうのは相手の好みにあわせるんじゃないかなんていう苦言を呈したことを覚えている。

 

 ――もう、随分昔のことのように感じるが。

 

 やわらかな黄色のゴムで結い上げられたポニーテールを揺らして笑う、妹の姿を思い出す。


「しっかりね、繋がっとるよ。今も、お兄さんと」

「……………………そ………………です、か…………」


 颯太は俯いて、滲んだ視界を腕で擦った。絞り出した声は、情けなくも震えてしまっている。


「……………………よかった」

 

 妹が消えてからずっと張っていた緊張の糸はぷつりと切れた。颯太は両手で顔を押さえ嗚咽をもらす。


「よかった」

 

 繰り返す颯太の背中に何か暖かいものが触れた。――さくらの手だ。彼女は颯太の震えが止まるまで、隣でその背をさすり続けていた。


「凉香ちゃんはまだ、あの忌み地――ショッピングモールのどこかにいてる。はよ助けたげんといかん」

「――はい」


 颯太が落ち着いた頃を見計らい、雅代が話を再開する。


「あそこが危ないのは、十分わかったと思います。あの『場』の力で人はおかしなる。……あのモールが建つ前にも、建設反対派がおかしなって事件になったことがあるくらいや。素人が簡単に太刀打ちできる場所やない。……ほやから、あたしはできるだけ颯太くんに協力します。凉香ちゃんを連れ戻すためにね。――これを」


 そう言って雅代は、懐から何かを取り出して、二人の前に置く。

 

 それは、神社で売られているお守りのような、二つの小さな鈴だった。親指の爪ほどの大きさのそれにはそれぞれ赤と青の根付の紐がついている。


「これを持ってれば、あの場所におるもんでもあんたらの命までは取れません。それと、凉香ちゃんが近くにいると、ひとりでにリンリン鳴って知らせてもくれます。必ず身につけておきなさい」


 颯太は、自分の方に置かれた青い鈴をつまみ上げた。手にとってマジマジと見る。何の変哲もないただの鈴のはずなのに、触れると不思議に心が落ち着く気がした。


「そいでな。さくら、赤い方はあんたの分や」

「私の?」

「そう。あんたは、このまま颯太くんに協力しなさい。その中で答えは見つかる」

「……こたえ?」

「そや。――千穂子さんのことな」

「……おかあさんの?」


 雅代はさくらを見据え、頷いた。


「それはもしかしたらあんたの望むものやないかもしらん。それでも――必要なことや」


 まるで謎掛けのような曖昧さをはらんだ雅代の言葉だが、さくらには理解できたらしい。赤い紐の鈴を取り、小さく頷いた。

 雅代は目を細め、孫へ頷き返すと、颯太に向かって深々と頭を下げる。


「颯太くん。さくらを……よろしくね」


 ◇◇◇

 

「……すっかり暗いな。まだ六時前なのに」

「だね。うぅ……さっむ」


 二人して山を降りた頃、冬空は濃紺にその色を変えていた。一番星が遠くに瞬いている。

 さくらはポケットに手を入れながら振り返り、颯太の顔を見上げた。

  

「……ね。さっきさ、私とおばあちゃんのこと守ってくれようとして、ありがとね」

「いや……。結局、追い払ったの雅代さんだし。俺、なんも出来てないし」

「結果のことじゃなくて、行動に感謝してるの。庇ってくれたじゃん。勝てる見込みもないのにさ」


 颯太が苦笑しながら頭を掻くと、さくらは少し笑う。初対面の頃の刺々しさは、もう残っていなかった。


「……森下さんも、ありがとう。雅代さんのこと紹介してくれて」

「ん。……とりあえず、次の土曜にあのモールに行こっか。この鈴持ってうろつけば、どこかで反応するんでしょ」

「そのことなんだけど……やっぱり、俺一人で」

「やだよ」


 さくらは颯太の言葉を最後まで聞くことなく拒否する。


「やだって。危ないだろ、普通に考えて」

「おばあちゃんが言ってたでしょ。……お母さんのことで、答えがみつかるとかなんとかさ。私にもメリットあるんだよ。くんに協力するのはさ。……だから、引かない」


 さくらは意志の強い目で、颯太をじっと見据えた。真っ黒な瞳が街灯の光を映してきらりと光る。

 ――が、颯太の心中は、穏やかではなかった。


「……なに? 変な顔しちゃって」 

「…………いや……いま……颯太…………って」

「え? ……やば。おばあちゃんのが移ったか」


 さくらはきょとんとして――しばし考えるように、指を顎の下にあてる。   


「やだ? 下の名前呼び」

「いや……とかではないけど」

「じゃ、颯太くんだ。呼びにくかったんだよね、『わたらい』って」

「……森下さんて、マイペースって言われない?」

「え、よくわかったね」

「わかるよ……」


 黒ぐろとした山道を背にして、二人は歩きだす。さくらの黒髪が夜風に吹かれ、ふわりと揺れた。

 

「見つけてあげようね。凉香ちゃん」

「……ああ」

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