いらない人
ショッピングセンターの片隅で環境イベントが催されている。
緑色の大きな垂れ幕には、白字で「ECO+リサイクル〜環境のために、私たちができること〜」と書かれており、フロアにはいくつかのパネルなどが展示されている。
周りには緑色のポロシャツを着たスタッフたちが数名、笑顔で控えていた。
そこに一人の少女がやってくる。色素の薄いショートボブの髪を揺らし、制服――高校の夏服だ――を着た彼女は、暗い顔をして冷めた目でその展示を眺めていた。
――廃プラスチックから衣料品を作る。海洋環境にも配慮した新素材をご紹介
――空き缶で作ったアートワーク。全長三メートルの芸術的オブジェを実物展示!
――いらない人を神さまに!「贄」という新たな活用法
最後のパネルの前で彼女は立ち止まる。
パネルには、子どものような拙い画力で、笑顔で手をつなぐ数人の人間が描かれている。
その下には、このような文言が書かれていた。
☆☆☆人→→→贄+苦→→→神☆☆☆
☆贄は、罪深いあなたの代わりに苦しんでくれる存在です
☆このたびわたしたちは、「いらない人」をリサイクルして贄にするプロジェクトをはじめました
☆生きている価値のない人を贄にすることで、資源を無駄にせず地球に優しいエコにもなります
「気になりますか?」
パネルを見つめる彼女に、ポロシャツを着た若い男が笑顔で話しかける。彼の首には「STAFF 原口」と書かれたカードケースがかけられていた。
「これ、どういう意味ですか……?」
「これはこのモール独自の取り組みなんですよ。先進的ですよね」
少女の問いかけに、ポロシャツの男は笑顔のまま答える。答えになっていないが、少女は聞き返すこともせずじっと――食い入るようにそのパネルを見つめている。男は彼女の横に立ち、独り言のように話し続ける。
「いるでしょう――。いらない人って、どこにでも」
男の口元は笑顔を崩さない――が、喋りながらその足を、神経質そうにトントンと踏み鳴らしている。右手で自らの左手を掴み、そこにギリギリと爪を立てる様は異様だった。
「ずっと不平不満ばかり言って、感謝もなく、周りを呪って平気で傷つけて怠惰で強欲で傲慢で――生きているだけで社会の害になる。そんな人、あなたの周りにもいませんか? いるでしょう?」
男の言葉に、少女の瞳が戸惑いに揺れる。
「――ああ、あなた、思い浮かべましたね。そうでしょう。居るはずなんですよ」
男の腕の、強く爪を立てすぎたところからはとうとう血が滲み出していた。笑顔は引きつり、喋りながら身体は大きく震えている。荒い呼吸の合間に、歯がカチカチと鳴る音がうるさかった。
少女は恐怖の表情を浮かべて後ずさる。男は彼女のことを、もはや見てはいなかった。自らの背後を気にするように視線を巡らせながら、なおも話し続ける。
「――いるでしょ。どこにでも。そんな、地球にも、人間にも害悪にしかならない人間が。だから、だからさ、そんな虫けらを、有効活用するのは、とても賢くて、正しくて、合理的で、おまけに環境にも優しい素晴らしいことなんです。エコなんです。エスディージーズです。はは。だから、だから、だからその」
少女は小さく悲鳴を上げた。いつのまにか、彼の背後に背の高い「何か」が立っていた。
――それは、巨大に膨れ上がった溶けかけの雪だるまのような形をしていた。くすんだ白い皮膚は膨れ上がりぶよぶよとふやけていて、ところどころが赤紫に熟れ、そこから不快な匂いの黄色い膿を垂れ流している。
その目は虚ろで、表情はない。――だが、少女には、それが発する感情が痛いほどわかった。
「ぼく、ぼくは、ただ、良いことだと思って」
――怒っていた。
それは、まるで子供に目を合わせるかのように、腰を折り曲げ、大きく口を開きながら首を捻り、傾ける。そうして男の顔を、横から覗き込んだ。
瞼がない、むき出しの眼球が、男の顔に近づく。
「だって、こんな、クズ野郎、生きてる価値ないって、みんな言ってて、そうでしょう? ねぇ」
男は見開いた目からダラダラと涙を流しながら、ゆっくりとその「何か」の方を向く。真正面からそれに向き合った彼は、やっぱり笑ったように引きつったままの口元で言う。
「――ぼくは悪くない」
彼がそう言い終わる前に、「それ」は大きく口を開けた。
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