対岸の声

あきカン

第1話 

 買い物帰りの少女は、ふとその場で立ち止まった。彼女の足を止めたのは、遠くから聞こえてくる列車の音だった。ぴいっという音が鳴り、直後にゴウゴウと車輪の音を響かせながら目の前を列車が通り過ぎる。


 少女は列車を追いかけようとした。けれど、数歩進んで足を止める。――川だ。川が少女の行く手を阻んでいた。川は絶えず音を響かせる。それはまるで少女に警告しているようだった。


 少女は川に向かう列車を見つめた。列車は川の上をまるで飛ぶようにスイスイと進んだ。強い風が吹いてもびくともしない。激しい音を響かせ、風を切るように列車は前に進む。


 対岸の街は、建物ばかりで人の姿は見えなかった。人差し指ほどの大きさに映る数々の建物は、本来は少女の背丈よりも数倍大きい。それならば人は、きっと爪の先の大きさにも満たないだろう。


 まるで時間が止まっているようなその風景に少女は心を奪われる。すると、対岸がぴかりと光った。少女は気づいて光が見えた方向を見やる。対岸の道の上で、ぴか、ぴか。光は何度も瞬いてまるで生きているようだった。


 瞬きの瞬間に光の側に人影が見えた。同い年くらいの少年だった。少女は思わず手を振っていた。向こうが返事のように瞬きを繰り返す。


「あなたはだーれ! わたしは――」


 少女はめいっぱいに叫んだ。声が向こう側まで届いているかわからない。光がさっきとは異なるリズムで瞬いた。いち……に、さん。少女はそのリズムの名前を思い浮かべた。


 するとまた、ぴか、ぴか、と光る。少年のまなざしは何かを訴えかけるようだった。


「わたしもそっちに行きたい! けど……」


 少女は言いかけて言葉を飲み込んだ。向こうに行くには捨てなければいけないものがたくさんある。向こうも同じ時を刻んでいるから、両方の時間を過ごせるわけじゃない。


「けどいつかきっと、あなたに会いに行く! そしたらちゃんと、名前を聞かせて」


 光がまたたいた。ぴか、ぴか、ぴか。


 ――いいよ。そう言ったように少女は感じた。そして買い物かごを持ち上げると、手を振りながら海岸を後にした。

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対岸の声 あきカン @sasurainootome

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