第一章 7話


 一口で満足した肉まんを絵馬に押し付けると、千草は早々と帰っていった。

 そろそろ気温が高くなるので、コンビニの肉まんも見納めこと食べ納めかもしれない。


 一口を感慨深く頬張っていると、今度は駅方面から千草を幼くした顔がのうのうと歩いてやってくる。

 手を上げると蒼も気がついて、とことこと小走りで近づいてきた。


「有意義な放課後をお過ごしのようで」

「蒼は有意義じゃない放課後をおくっているんだな。どんまい」

「それより帰るの遅くない?」


 紺色の生地に暗い赤色のラインが入ったソフトボール部のジャージは肌の白い蒼には少し不恰好だ。アイドルの一日署長みたいに着せられている感が否めない。


「千草さんの散歩に付き合ってたんだよ」

「散歩? ちぐの?」

「いやレタスだろ」

「よく分からないけど、そうなんだ」


 蒼は近くにあるベンチに腰を下ろしたので、絵馬もその隣に座ることにした。


「あ、そうだ。ねえ聞いてよぉ」

「いや大丈夫。それより一人で帰っているの珍しいな?」

「本当に聞く気ないんだ……。一人なのは駅で買い物していたから」

 蒼は、はあっと隠す気もない不満を大気にぶつけている。


「買い物って?」

「これ買ってたの」

 ポケットから取り出したのはヘアタイ。

「髪とか結んでたっけ?」 

「体育ではたまには結ぶよ? それにお昼にみんなで話していてやってみたい髪型があるの」

「なに?」

「ハーフアップ」

「へえ、いいじゃん。似合いそう。どうせなら学校でもお披露目したら?」

「下ろしてるイメージがあるのに急に変えるのもおかしいでしょ?」

 別に気にならないけどな。


 そう返すと、駅方面に同じの高校の体操服が二つ見えた。体操服には二年の証である赤色のラインが入っており、唖然とした表情で二人は対岸の歩道から絵馬たちを見ている。


「あそこにいるのって、蒼の知り合い?」

「え? あっ、ほんとだ」


 おーいと手を振る蒼に、二人はきゃっきゃと騒ぎ立てて遠慮気味に手を振り返している。

 その流れのまま二人は逃げるようにそそくさと駅の向こう側へと消えていった。


 横目に項垂れる影が見える。

「あー、また誤解されるやつだぁ……。ネタにされるやつだぁ」

 姿が見えなくなると、蒼は秋のひまわりのように萎んでいた。

「食堂に行ったときは気にしてなかっただろ。何を今更気にすることがあるんだよ?」

「学校の中と外で騒ぎ方が変わってくるの。外だと本気っぽさがあるじゃん」

「高校生になってまで騒がないと思うけどな」

 そういうノリは中学生に多い気がするが、新幹線が通っていない大分県のことなので、時代と共に流行も遅れているのかもしれない。頑張れ大分県。


 そう思ったが答えは違うらしい。

「普通は言われないよ」


「じゃあどうして?」

「美空が女子との絡みが特殊なせいで、普通に話しているだけの私がいちいち騒がれるの」

「それ、オレのせいか?」

「だから色んな子と話してよって言ってるの」

「言われてねー」

 これには異議ありだ。

 ドイツ語ではアインシュポというらしい。ちょっと面白い。


「美空が話す女子って数人だけでしょ。それに美空はいつも男子とウザそうな絡みしてるし。だから美空と話したことがない子はみんな怖がってるんだよ」

「ずっと思ってたけどオレって可哀想だよな」

「女子からヒロインのいない少女漫画の男子主人公って言われているの知らないの?」

「まじか。オレってそんな名誉な称号を持ってたのか!」

「いやいや名誉じゃなくて不名誉だから。第一印象はとっつきにくいけど、話してみれば、ただのお調子者ってことを揶揄した言葉だから。あとヒロインがいないも悪口だし」

「オレってつくづく可哀想だよな」

 誰か味方になって欲しい。


「ちなみに私が考えた」

「それ絶対に広まってないよな?」

「でも怖がられているのは本当だよ、見た目のせいでとっつきにくいんだってさ。ピアス外したらいいんじゃない?」

「そんなことで友達になる人はいらねえ」

 友達は百人も必要ないことはすでに知っている。愛と勇気があればいいのだ。


 ただ納得いかないと蒼は唸りを続けている。

「うーん、別に美空の勝手だけどさぁ。私は翠のように広く色んな人と話してほしいけどな」

「あいつの場合は単に興味がないだけだろ」

「それはまあね」


 話していると、ふと思う。


「蒼でもそういう扱いは苦手なんだな?」

「そういう扱いって?」

「ほら、男子関係でいじられるとか」

「そんなの好きな子いないよ。男子が絡むと周りの目も変わるしね」

「そっか、そうだよな」

 食べ終えたので立ち上がるが、また蒼に視線を戻す。


「あっ、俺も聞きたいことがあるんだけど?」

「私の聞いてくれなかったから聞いてあげない」

「女子が男子を避ける理由ってあると思うか?」

「無理やり言ってくるんだ…。女子が男子を避ける理由?」


 復唱すると意味が分かったらしく考え始める。短いシンキングタイムを経て、蒼は答えを思いついたようだ。


「避けられているのは美空だけじゃない?」

「違う。そういう話じゃない」

「男子を避ける理由なんて人によると思うよ。妬みを買いたくないから口だけで言ってみたり、単純に生理的に受け付けないとかもあるんじゃない?」

「まあそんなもんだよなぁ」

「それがどうしたの?」


 首を横にふる。

 蒼の言葉には「なんでもない」と告げた。


 

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