第一章 5話


 放課後の学校は昼間に比べて活気がない。遠くに聞こえる運動部の声だけが微かに聞こえてくるだけで、あとは静寂が広がっていた。


「今から遊ぶって、何をすんの?」

 純粋に白波琥珀という人間が何をして遊んでいるのかが気になり問いかける。


 絵馬と隣で校内を歩く姿を同級生に見られて勘違いされるかもしれない。


 そんな思春期らしい危惧もしていない。

 絵馬がそれだけ男として見られていないのか、それとも単に気がついていないのか。

 前者だと悲しいので後者を解にしておく。


「ドーナツかカラオケのどちらかです」

「へえ意外と女子高生っぽいことしてるんだな。ぽくないのに」

「失礼なこと言わないでください」

「ごめんなさい」


 膝下まであるスカート丈が、今日少しだけ話して感じた彼女の性格と比例している。

 一年しか変わらないが、初心な高校一年生という感じがして可愛らしさがあった。


 校舎を繋ぐ連絡棟は雨が降っても大丈夫なように、しっかりとした建物として作られている。絵馬たちがいる二階、そして三階と四階は校舎のように造られているが、一階部分だけは下を横切れるように筒抜けにされている。


「水泳部は仮入部していないんですね?」

 無言を嫌ったのか、琥珀が間を埋める。

「まあ水泳に興味あるやつもいないし」

「これから遊ぶ友達は小学校の時は水泳をしていたらしいので探してみればいっぱい見つかりそうですけどね」

「探してみればな。そんな気力ないけど」


 それからまた無言が続くと琥珀も会話を続けることを諦めて静かになった。


 北校舎に足を踏み入れると、下足室に人影が見えてくる。

「あ、琥珀やっときたぁ。ミスドい…?」 

 下足室には一人の女子生徒が待っていた。

 この子も見覚えがある。

 琥珀が落としたプリントを男子生徒から預かった愛想のいい一年生だ。


 琥珀を見て、明るく染められた顔が性格までも明るい子だと教えてくれた。

 だが、その明るい顔は絵馬を捉えると困惑したものに変わっていく。


「あ、小豆。この人は二年の美空先輩」


 小豆と呼ばれた一年生の困惑には琥珀も気がついたらしい。

 紹介されたので、手を挙げておく。

「どうも」

「あ、どうも」

 小豆は元気に返事をすると、律儀に頭を下げて微笑んだ。思わず気を許したくなるような人懐っこい笑み。琥珀とは対称に人を引き寄せる空気感を持っていた。


 絵馬は靴を履き替えに行くため、二人から少しだけ距離を離す。

「ええっと……どういう関係?」

 絵馬が視界から外れたタイミングで琥珀が問われていた。

「え、あー、えーっと。そうだ、バイト。バイトのこと聞いてたの。うん、バイト!」

「そう……なんだ?」

「ぷはっ!」

 思わず吹き出してしまう。

 長所がどうの、と話していたので間違ってはいないが、その場で思いついた感が否めない。もう少しまともな言い方はできたはずだ。


 絵馬が二人が見えるところまで行くと、琥珀が小豆に腕を伸ばした。

「一応ですけど、この子は衛藤小豆です」

 琥珀の様子を疑いつつも、紹介された小豆がまた姿勢良く頭を下げた。


 礼儀正しく、それでいて可憐という言葉がよく似合う子だ。

「衛藤小豆です」

「よろしく。その髪、いつも自分で編んでるの?」

 小豆は自身の三つ編みに触れながら言う。

「え、はい。いつもです……けど」

「へえ、すげえ器用。俺がやると絶対にぐしゃぐしゃになる」

「慣れれば簡単ですよ」


 それよりどういう関係ですか? といった視線を向けられるが、笑顔を作って気がついていないふりをした。

「これからどこか行くの?」

「ええっと、ミスドに行こうかなって思ってます、けど」

「めっちゃいいじゃん。オレあれ好き。粉ふってるやつ」

「シュガーレイズドですか?」

「そうそう、それ。食べにくいけどそれに見合った味がある……って、どうでもいいな」

「いえ、私も好きですよ。本命はフレンチクルーラーですけど」

「それもうまいよな。じゃあ楽しんで」

 言いながら手を振っておく。


「はい、ありがとうございます」

 小豆は儚い笑顔で絵馬を見送ってくれた。次に琥珀を見るが、目端を細めて「猫被りお調子者男」と言ってきたので琥珀に挨拶はしないことにした。


「……」


 琥珀を横目に見ていた小豆は、最後にもう一度だけ絵馬を見つめた。

 その視線は鋭く、冷たいものに思えた。

 もしかすると、琥珀が男子と話すこと自体が、本当に珍しいことなのかもしれない。小豆の絵馬に対する警戒はそれを表している。


 そんな小豆と琥珀から距離を空けて、絵馬は完全に一人になる。


「……男子が認識できない、か」


 歩きながら、ふと考える。

 そもそも男子が見えないというのは生物学的にはあり得るのだろうか。


 女子ではなく男子。大人ではなく同年代。


 少なくとも年の近い異性というワードは関係をしていそうだ。それらに関係している精神的な問題を細胞が過剰に反応し、身体が『男子を認識しない』という防衛反応を起こしている。


 同年代の異性に関わることは恋愛関係、もしくは異性が関わる同性間のいざこざしか想像できない。


 ただ琥珀は男子とは最低限でしか話さないと言っていた。それなら恋愛関係ではなく、容姿端麗なことから同性に妬まれている線が太いのかもしれない。


 ストレスを知ることができなくても、生物学的な理論を知れば逆算的に何かが分かるかもしれない。


 詳しい人に頼ることが一番の近道だ。

 思った頃には、一本の連絡を入れていた。

 

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