第24話 嬰児喰い
その百姓が新選組の屯所を訪れたのは松の内も明けきらない頃だった。京の町並みはかねてからの雪で薄っすらと白く染め上げられていた。長い距離を歩いてきたのだろう、すっかり雪の積もった蓑笠を脱ぐと、くたびれた男の顔が現れた。
長年の野良仕事のためか、肌は鞣した革のように日焼けし、深い皺が幾筋も刻まれている。当番の隊士が白湯をくれてやると、ふうふうと吹いて旨そうに飲み干した。
話を聞くと、番所へ相談に行ったところ「妖怪退治なら近頃は新選組が専門だ」と言われたという。これはと思った隊士が沖田を呼び、金髪を隠したアーシアと共に聞いた話はこのようなものだった。
* * *
――へえ、はい、わしは
わしは
女が……自分の
へえ、へえ、それだけならば気狂いの仕業で、番所で済む話でございます。いえ、お上を煩わせるまでもなくわしらでも……いえ、そんな話はどうでもよろしゅうございましたね。
へえ、順を追ってお話をさせていただきます。
女がややこを産んだのはふた月ほど前のことで。ちょうど都の方で蛙だか鯰だかの化け物が出たとか噂になった頃でございます。初産だったもんで随分苦労したようで、村の女衆が総出で一晩中面倒を見ておりました。
無事にややこは取り上げたものの、そんなものですから産後の肥立ちがよくない。とくに乳の出が悪いってんで、ややこにやれるのも重湯ばかり。代わりに乳をやれる者がおりゃあよかったんですが、前に村でややこが生まれたのは何年も前で。まあその子も三つになる前に山犬に攫われて喰われちまったんですが、そのときも村中で大騒ぎで……へえ、すいません。関係のない話でした。
それでどこまでお話したか……ああ、そうです。乳が出ないもんですから、ややこはだんだん弱ってきちまって。なんとか年は越せましたが、産婆の見立てじゃ春までは持たないと。もちろん女には聞かせないようにしてたんですが、そういう噂はどうしたって当人の耳にも入ってしまうものでございます。
思い詰めたのでございましょう。
自分の乳が出ないせいで、腹を痛めたややこが死んでしまう。わしら男はそれなら次を産めばいいと思っちまうもんですが、女で、しかも
女は日に日にやつれて……妙なことを口走るようになったのでございます。
『いたくぁ様に呼ばれてる。いたくぁ様に呼ばれてる。いたくぁ様が乳の出をよくしてくださるとおっしゃっている』と。
そんなことを呟きながら村中をふらふら歩き回るようになったもんで、村のもんも哀れに思っておったんですが、目を離した隙にどこかに消えちまった。それがひどく吹雪いた晩で、村の
へえ、はい、いたくぁ様というのは山神様でして、それで居鷹山と云うんでございます。大きな鷹のようなお姿で、吹雪の夜に山の上を飛び回るのでございます。それでときどき気に入った者を連れて行くのだとか。あ、いえ、わしは見たことなんてございませんが。よくある言い伝えでございますよ。
山狩をしようにもひどい吹雪で。村のもんたちは探しにも出られず。
……で、三日ほど後ですな。誰もが凍え死んだろうと思った頃にふらりと帰ってきたのですよ。肌なんか真っ白で、唇は紫色で、死人みたいな顔なんですが足腰ははっきりしていて。ややこは近所のもんが預かってたんですが、『乳が出た、乳が出た』というもんだから返してやったんですな。
まあ、元が女のややこですから、返してやるのが道理なんですが……いま思えば、はぁ。返さなかった方が……いや、返さなかったらどうなっていたか……。
その晩ですよ。ややこのひどい泣き声が聞こえて……やんだ。
それで、うちのかかあが気にしたもんで、わしが見に行くことになったんですよ。風が冷てえ中、ざくざく、ざくざく、提灯片手に雪を踏んで。
女の家まで来ると、びちゃびちゃ、びちゃびちゃ、水が滴るような……いや、猫が水を舐めるような音が聞こえてくる。
戸板が少し開いてたもんで、そこに人差し指と中指を突っ込んで、そろーり、そろーり、戸を開けて。女の家は真っ暗だったもんで、提灯を差し入れて。
で、見ちまったんですよ。
女がややこに覆いかぶさって、はらわたをびちゃびちゃ……びちゃびちゃ……喰らっているのを。提灯に照らされて、真っ赤に染まった女の顔を。暗がりで青白く光る女の目を。
で、女がゆっくり顔を上げて……目が合った。
『乳が出た! 乳が出た!』
女はそう叫んで、ややこの死体を引っ掴んで、わしを突き飛ばして、山ん中に消えちまった。わしはもう生きた心地がしなくって、必死になって這いずって、家に帰ってかかあに伝えて……。
へえ、はい、そんな鬼女が山ん中に隠れてたんじゃあおちおち出歩きもできないと。それでこうしてご相談に伺ったわけでございます。
お侍様、どうにかこの哀れな村をお助けいただけやしねえでしょうか。
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