会話に伏字が多すぎるよ

 お日柄もよろしいようで~という声が聞こえてきそうなぐらいの晴天、理工技大学の大学祭。


 屋外に設置されたメインステージで二海ふたみさんの演奏を聴いた後、ステージから少し離れたところで、あたしたちは二海ふたみさんと合流した。


「あの、僕、平川太陽と言います。推薦で理工技大学進学を狙っています」

「ああ、名前は聞いているよ。俺は清水きよみず二海ふたみ。よろしくね」


 平川くん、なにやら不思議そうな顔をしている。


「『ふたみ』ってどんな字を書くんですか?」

「『二つの海』だよ」

「あの、もしかして、シーピーオーシャンって、二海ふたみさんですか?」

「あ、ま、まあ、そうだけど」

「平川くん、どういうこと?」


 思わず、訊いてしまった。「シーピーオーシャン」、あたしが「金鬼姫きんきひめ炎上」した時に助けてくれた謎のアカウント。


「『シー』は『海』、そして『ピー』は『パシフィック』、それに『オーシャン』、『パシフィックオーシャン』で太平洋っていう意味です。

 つまり、二つの海、二海ふたみさんってことです」

「「なるほど」」


 葉寧はねいと一緒にうなずいてしまった。二海ふたみさん、何も言わなかったけど、あたしのことを助けてくれていたんだ。ちょっと目頭が熱くなってきた。


清水きよみずさん、あれ、どうやってやったんですか?」


 平川くん、なんだか興奮している。


「スイートって……あ、今はポストって言うんだっけ。あれ、実は位置情報が付いててさ、区とか市ぐらいまでなら三百個所ぐらいのレベルで特定できるんだよ。それで、マクロを使って――」


 以下、楼珠ろうず権限で省略!


二海ふたみさん、ありがとうございます」


 あたしは、立ち位置挽回狙いで二海ふたみさんの腕に抱きついた。残念ながらあたしの胸はCよりのBカップ、押し付けるものはない。うぅ、颯綺さつきに負けている。


楼珠ろうず、無理しなくていいからね」



  ♪  ♪  ♪



 あたしたちは模擬店が並んでいる道を歩き、チョコバナナを食べたりタコセンを食べたりした。

 ふと、ぬいぐるみが置いてあるけど、他には何もない模擬店が目に入った。


「ねえ、二海ふたみさん、あの『殴られ屋』って何ですか?」

「子どもは関わっちゃダメなやつ」

「あたし、子どもじゃないです。まだ十七歳ですけど」

楼珠ろうず、あれはね、もし相手を殴れたらお金がもらえるゲームだよ」


 葉寧はねいが教えてくれた。


「そうなの?おもしろそう。ねえ、二海ふたみさん、行こうよ」

「俺、あまり気乗りしないかな」


 二海ふたみさん、どうしたんだろう?珍しく明後日あさっての方向を見ている。こんな二海ふたみさん、初めて見た。なんだろう? 心がざわつく。


「おーい、二海ふたみ、今年は絶対に殴られないからな」

「え?」


 ああ、びっくりした。模擬店にいる学生さん、いきなり大きな声を出すんだもの。でも、どうして名前を知っているんだろう?


清水きよみずさん、僕、やってみたいです」

「私も。ほら、二海ふたみさん、呼ばれていますよ」

「わ、わかったよ」


 颯綺さつきたちに押されるように殴られ屋へ向かった。

 受付担当だからなのかな、前髪が長くて目元は見えないけど、なんとなく綺麗そうな女の人。きっと客引きのためだ。


 あれ? 受付さん、二海ふたみさんとあたしのこと、すごい見ている気がする。


「はい、じゃあ、一回、五百円。このグローブを付けてもらって、三十秒の間に俺の顔を殴ることができたら、好きなぬいぐるみを持っていっていいですよ」


 視界の中で何かが動き、あたしは模擬店の奥を見た。一人、いなくなったような。


「じゃあ、僕から行きますね」

「グローブをどうぞ。あ、上着は脱いでください」

「はい」


 平川君が薄手のジャンバーを脱ぐと、受付さんにグローブを付けてもらった。ボクシングで使っているようなやつ。

 なんとなく、平川君の顔が赤くなった気がする。男の子だな、やっぱり。


「太陽、がんばって!」

「はい」


 葉寧はねいの声援に平川君の元気な声。若さっていいな。


「じゃあ、用意、スタート!」


 隣にいた女子大生が声をかけた。手にはストップウォッチを握っている。


 殴られ屋さんの動きはなめらか、というか、くるくる回って、何度もパンチを繰り出す平川君は、完全に翻弄ほんろうされている。もう息が上がってきているみたい。


「はい、ストップ」

「ぜ、全然、当たりません」


 平川君は、肩を大きく上下させてゼイゼイと呼吸をしながら話した。


「じゃあ、次は私がやります」


 颯綺さつきは五百円玉を受付さんに渡すと、平川君と同じようにパーカーを脱ぎ、グローブを付けてもらった。足、大丈夫なのかな。


「それでは、用意、スタート!」


 平川君の時と同じように、颯綺さつきが何度もパンチを繰り出してもかすりもしない。どうしてあんなにヒョイヒョイよけることができるんだろう?


 バシッ!


「あ、当たったわ。楼珠ろうずさん、私、すごい? すごいでしょ!」


 いや、今のは絶対にわざと当たった。殴られ屋さん、一瞬、顔が笑っていたもん。


「いや~、いいパンチだね。お兄さん、当てられちゃったよ」

「あんた、ほんと、女の子には甘いのね」

「サービスサービスぅ」

「キモッ」


 颯綺さつきはニコニコしながらぬいぐるみを選んでいる。クレーンゲームに入っているようなぬいぐるみ。いいな、あたしも欲しいな。ウサギ、かわいい。


「次は、金髪のお嬢さん、やる?」

「あ、あたしはいいです。でも、ウサギのぬいぐるみ、欲しいな」


 平川君と颯綺さつきがパンチを繰り出しているのを見て、全然、殴れる気がしない。あたしは二海ふたみさんの腕をつかみ、顔を見上げた。


「お嬢さん、二海ふたみはどうせやることになるから、頼まなくても大丈夫」

「どういうことですか?」

「空手道部の伝統ともいえる、この殴られ屋、二海ふたみが入学するまでは一度も殴られたことがなかったの」


二海ふたみさんが初めて殴ったとか」

「そうよ。あ、時々、女子とか子どもには殴らせているけど。でもね……」


 受付さんは、歯を食いしばり、こぶしを握り締めている。全身に力が入っているのかな、腕が震えているのがわかる。


 あたしは二海ふたみさんを見た。やっぱりこの人を見ていない。二海ふたみさんにしてはおかしい。不自然すぎる。


二海ふたみ、今年こそ殴られないからな」

「やらなくちゃダメですか?」

「おう、やってくれ」

「俺も脱がなくちゃダメですか?」

「一応な」


 なんか、二海ふたみさん、すごく渋々した態度、初めて見た。二海ふたみさんは上着を脱いでテーブルに置いた。


 二海ふたみさん、そのペラペラなジャケットの下、サーフシャツなの? 腕が見えてかっこいい。


 受付さんが二海ふたみさんの腕にグローブを被せた。なんか、顔が近い。絶対、わざと近づいている……鈍感なあたしでも何かを感じる。


菜可乃なかの、近いぞ」

「いつものことじゃん」


 いつものことって……。『なかの』って名字なのかな、名前なのかな。それより何であんなに近いの?


「いい? 用意、スタート」


 バシッ!


 え?一瞬だった。どうして?


「い、痛たた……クソ、もう一回だ!」

楼珠ろうず、とりあえず、ぬいぐるみを選んでいいよ」

「は、はい、わかりました」


 あたしは、狙っていたウサギのぬいぐるみを手にした。


楼珠ろうず、いいな、私も欲しいな」

葉寧はねいは平川君にがんばってもらいなよ」

「そう言わずに二海ふたみさん、殴られ屋さんも誘ってくださっていますし」

「おう、来てくれ」

「わかったよ。楼珠ろうず、財布、後ろのポケットに入っているから、お金渡して」

「はい」


 あたしは、二海ふたみさんの財布から千円を出し、受付さんに渡した。


二海ふたみ、二回分でいいかな。そっちの二人もぬいぐるみ欲しそうだし」

「いいよ」


「行くよ、用意、スタート!」


 バシッ!


二海ふたみさん、すごーい!」


 やっぱり一瞬で終わった。葉寧はねいはぬいぐるみが置いてあるテーブルに向かった。持ってきたのは三つ目宇宙人のぬいぐるみ。


「おい、二海ふたみ、次は、頼むから、五秒でいい、五秒後から殴り始めてくれ」

「いいですよ」


「じゃあ気を取り直して。用意、スタート!」


 殴られ屋さん、目が超真剣、すごい勢いで頭を振っている。あんなの当たるのかな。


 バシッ!


 当たった……二海ふたみさんって、いったい何者なの?


「僕の分でいいんですよね?」


 二海ふたみさんは平川君に向かって大きくうなずいた。


「はい、お好きなぬいぐるみを選んでくださいね」


 平川君はドラゴンのぬいぐるみを持ってきた。


「来年は、辰年ですから。ゲン担ぎです」

二海ふたみ、もう一回!」


「ちょっと待ちなよ」


 模擬店の後ろから女の人の声が聞こえた。


「あ」


 二海ふたみさんが、なんかさらに微妙な表情で返事をしている。どうしたんだろう? これまた綺麗な人。黒髪でポニーテール、アニメに出てきそうな素敵な女性。


「おい、猿、武道場まで来い」


 猿? 二海ふたみさんに命令してる。どういうこと?


「今日は連れがいるので、ちょっと……」


「いーや、来てもらう。来ないと、そこのお友だちに、あることあること、全部、話すぞ」

「……わかりました」


 あることあること? 全部、本当のこと? あたしたちは、ポニテ女子さんの後ろを歩き始めた。


「あの人、副将、あ、副部長で二海ふたみの元カノなの」

「え、そうなんですか?」


 話しかけてくれたのは、さっき模擬店にいた受付さんだ。


「あの、模擬店、いいんですか?」

「うん、大丈夫。二海ふたみが来たから一時閉店」


 あたしには訊きたいことがいっぱいある。


「あなたは二海ふたみの彼女なの?」


 先に質問されてしまった……。


「い、いえ、まだそういう関係では……」

「『まだ』、ね?」

「はい」


 どうしてみんな、そこを強調するの?


二海ふたみ、もてるから、早めにちゃんとしておいた方がいいよ」

二海ふたみさん、今は彼女いるんですか?」

「さあ、知らないけど、浮いた話は聞かないね」

「そうですか」


 そうこう話しているうちに武道場に到着。ちょっと汗っぽいというか、独特のにおいがする。

 でも窓から光が入って明るい。床には正方形の分厚いヨガマットみたいなものが敷き詰められている。


「ひっ」

「え?」

「ちょっと」

「どういうこと?」


 いつの間にか、後ろにたくさんの人が歩いていて、武道場に入ってきた。何が起こるんだろう?


「大丈夫、例年のことだから」


 例年? よけいにわからないよ。


二海ふたみはひょろっとしているけど、空手と剣道、めっちゃ強いんだ」

「そうなんですか?」

「特に空手の方は地方の大会だけど、二海ふたみが高校生の時に一般の部で準優勝している」

「それってどれくらいすごいんですか?」

「一般の部って、大学生の主将クラスでも入賞は難しい。それを高校生が表彰台……ありえない」

「え、あ、はい」


「しかも、準優勝ってのが、寸止め――あ、相手に当てないよう、直前で止めるってことなんだけど、二海ふたみ、当てちゃって。それで反則負け」

「あの」

「しかも、拳サポーターしていたのに、相手は倒れて悶絶していたのよ」

「そんな」


「つまり、あと三センチ手前で止めていたら、二海ふたみが優勝していたってこと」

「そうだったんですか」


「ちなみに優勝者は、副将のお兄さん」

「え?」


「それで、空手道部へ体験入部まではしたんだけど、入部しなかったの」

「どうしてですか?」

「私のために当時の主将を倒しちゃったの。あ、始まるよ」


 私のために? 私のためにって言った?


 おどおどして視線を武道場中央に移すと、二人は既に中央に立っていた。ポニテ女子さんは、二海ふたみさんのことを指差している。

 二人とも防具は付けていない。グローブとか付けないのかな。


「猿、よくぞここまで来た」

「いや、春日かすがが脅すから」


 やっぱり元カノだからなのかな、今、呼び捨てで呼んだ。稽古着には「高塚春日」と書いてあるから、名前の方。


「さすが、いい度胸だ。私の『ピーしょじょ』を奪っただけのことはある」

「奪ったわけではないです」


 え? 清水さん、あの人の『ピーしょじょ』を奪ったの? いえ、迫ってきたって言ってたよね。


春日かすが、ルールは?」

「フルコンタクトで首から上は無し。拳サポーターだけ付ける」

「わかりました」


 どういうこと?表情に出ちゃったのかな。受付さんがこっちを見た。


「あのね、顔や頭は攻撃しちゃダメだけど、身体は殴ったり蹴ったりしてもいいってことよ」

「そうなんですか?」

凌濤館りょうとうかんのルールとは違うんだけどね」


 二海ふたみさん、大丈夫かな。ちょっと心配、というより、元カノさんが気になって、もう、胃がきりきりする。

 それに受付さん、どうしてそんなに詳しいの?もしかして、受付さんも……なんてことないよね?




   ----------------




あとがき

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


「最後の通学路編」に入ってから、どうも伏字が多くてすいません。ちょっと、作品にメリハリをつけたくて、伏字多めです。


「殴られ屋」は、過去に実在したそうです。それを殴るコツですが、それについては、また、別話にて紹介したいと思います。



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それではまた!

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