せっかくのデートだから

 翌週の火曜日、アップル楽器のスタジオで華琵はなびにギターを教えた。教えたと言っても、初回はチューニングだけで終わってしまったけど。


 ギターと一緒にマルチエフェクターも買ったとのことで、マルチエフェクターをチューナーモードに切り替えるのに戸惑ってしまった。


 あとは学校の話とか……華琵はなびは陸上部とのこと。それで日焼けしているんだ。走り高跳びが得意で、中二にして市内記録保持者なのが自慢。


楼珠ろうずさん、そういえば、口コミは全部削除してもらえました。同じ日に、この付近から一気に書き込まれたから、いたずらってことで。

 フーグルの方も、消してはもらえませんでしたが、星の数はもどりました」


「そう、それは良かったね。絶対にいたずらだよ」

「はい、そう思います。だって、お母さんの作る食事、とても美味しいんです。あの、今週末、よかったら来てもらえませんか?」

「え? う、うん、わかった。土日、どっちか決めたら連絡するね」

「やったー! うれしいです」


 しまった、半引きこもりなのに、約束してしまった。そして、いつものように大通り図書館に向かった。バンド練習の時より一時間早いので、二海ふたみさんはまだ来ていない。

 あたしは三階に上がり、教科書とノートを広げた。一応、受験生だしね。周りに座っている高校生たちも同じ。


 八時十五分、いつものように大通り図書館のテラスで二海ふたみさんを待った。テラスは二階にあり、足元には大通り公園が見える。今日は光の模様が地面に映し出されていて綺麗。


「あっ」


 あたしは反射的にスカートを押さえた。ここはビル風というのか、時折、強い風が吹く。

 スカートがめくれ上がるほど強い風じゃないしスパッツもはいているけど、ついつい押さえてしまう。


「お待たせ」

「さあ、種明かしをしてもらおうか? 二海ふたみくん」


 あたしは、わざと推理小説風のセリフで話してみた。


「うむ、よかろう、楼珠ろうずくん。フーグルのアカウントを量産して口コミを書いたのだが、普通にスマホやパソコンから書くと、途中でフーグルが同じ端末から書き込んでいることを検知してロックされる。そこで、聡明そうめいなる吾輩わがはいはブラウザをマルチプロファイルで起動し、何日かに分けて、いい口コミを書き続けたのだ」


――と、ノリに乗ってくれて説明をしてくれたけど、ほとんど意味が分からなかった。もう、平川くんと同じレベルの世界。


二海ふたみくんも『いもうとデスクトップ』を使っているのかね?」

「『いもうとデスクトップ』?」


 二海ふたみさんはエスカレーターを降りたところであたしを見た。


「『リモートデスクトップ』のことだね。俺は、『チョロメ』だよ」

「さらに疑問は深まるばかり。深淵しんえんのぞくとはまさにこのこと」


 二海ふたみさんが口を開いて笑った。二海ふたみさんが口を開いて笑うのはすごく珍しい。何かウケているのかも。


「あの、二海ふたみさん、今週末、お昼、時間空いていますか?」

「土曜日なら。日曜日は別のバイトを入れているんだ」

「じゃあ、土曜日、しんあい食堂に行きませんか?」

「ああ、口コミの。いいよ」


 やった!二海ふたみさんと初デート。思わず二海ふたみさんの腕をつかんだ。


「大丈夫? 躓いた?」

「え、あ、は、はい、あの、ちょっとこう、躓いたというか、はい」


 それにしても二海ふたみさんって動じないな。つまらない。


 はっ!今、恐ろしいことに気が付いてしまった。訊こうかどうしようか……ううん、やめておこう。

 今の距離感でいいから。でも、一緒に食事に行ってくれるんだから、大丈夫だよね。



  ♪  ♪  ♪



 その日の夜、華琵はなびにメッセージ送ってから、あたしのひとりファッションショーが始まってしまった。


 なんだか、自分でもはっきりわかるぐらい浮かれて暴走中って感じで、洋服選び、そして下着選び、アクセサリーその他もろもろの組み合わせを試している。


 ううん、下着は関係ないよね。でも、スカートでスパッツ無しの予定だから、万が一、見えちゃったときのことも考慮して……って、あたし、何を考えているんだろう?


楼珠ろうず、ちょっと、どうしたの?」

「ママ、これ、おかしくない?」

「ははぁん、もしかしてデート?」

「ち、違います!」


 ママはニヤニヤしながらあたしの頭からつま先まで、ゆっくりと視線を這わせると部屋を出ていった。どうしたんだろう?


楼珠ろうず、入るわよ」

「うん、どうしたの?」

「これを持っていきなさい」


 ママは、あたしの手の上に「恋愛成就」と書かれたお守りを乗せた。


「これ、どこの神社?」

「違うの。これ、開けれるようになっていて、中には『ピーピーコンドーム』がひとつ入っているから」

「え?」


 あたしは、全身の筋肉がつま先から順番に硬直していくのを感じた。


「渡せる日が早く来るよう、祈っていたのよ。ようやくなのね。ママ、うれしいわ」

「あの、まだ付き合ってないから」

「『まだ』ということは、これからその可能性もあるってことね」

「え、えと、まあ、そうかも」


 うん、正直になれ、自分。二海ふたみさんと知り合ってから、確かに感覚が変わってきているよ。


色恋沙汰いろこいざた嫌いの楼珠ろうずがこんなにウキウキしているんだから、よほどのことだわ」

「ママ、『色恋沙汰いろこいざた』だなんて、そんな日本語、いつ覚えたの?」


「あら、ずっと昔から知っているわよ。日本語を勉強するために読んだ官能小説に、よく出てきたの」

「そんな本で日本語の勉強をしてたの?」

「そうよ。だって、興味のあるジャンルの方が頭に入るから」

「うぅ、わかりました」


 まあ、確かにそれは正しいかも。え?でも、じゃあ、もっとエッチな言葉とか知っていたりするのかな。


「ちなみに、日本のエロ漫画やエロアニメのこと、海外では総じて『HENTAI』と言うのよ」

「なんとなく不名誉な気がする……」


 結局、洋服選びは金曜日の夜まで続き、受験勉強にも時間は割り当てたものの、あまり集中できなかった。



  ♪  ♪  ♪



 あ、二海ふたみさんだ。あたしたちが使っている駅は、二階に通路や改札、そして駅前の広場がある。


二海ふたみさん、お待たせしました」

「まだ五分前だよ。楼珠ろうずこそ早かったね」

「電車の時間の関係で」


 見てる。二海ふたみさん、あたしのことを見てる。きっと髪型と短いスカートが気になっているに違いない。


「帽子、そろそろ返してもらっていいかな」


 あれ、そっちですか。アコースティックライブの前に二海ふたみさんからワークキャップを借りて以来、そのままずっと借りている。


「これ、素敵な帽子です」

「じゃあ、新しい帽子を買ってプレゼントするよ」

「そうじゃなくて、この帽子が素敵なんです」


 二海ふたみさん、全然わかってない。二海ふたみさんがかぶっていた帽子がいいの。ずっと洗濯もしていないんだから。


「じゃあ、あげるよ、それ」


 やった!


「ありがとうございます」

「姫毛って言うのかな、それ、よく似合っているよ」

「えへへ」


 そう、帽子の中はポニテにして後ろの部分は隠している。

 しかも、全部、後ろで縛るんじゃなくて、アニメキャラのように耳の前にも姫毛風に髪の毛を残して。かなり面倒だけど、小顔効果抜群。


「あの、お礼に、同じ帽子、プレゼントしてもいいですか?」

「あ、そんな高校生からだなんて。なんか申し訳ないよ」

「大丈夫です。それに……」

「それに?」


 おそろいって言いそうになってしまった。危ない危ない。ドン引きされるところだった。


「何でも、何でもないです。あの、二海ふたみさんって誕生日、いつですか?」

「十二月二十二日だよ。いつもクリスマスパーティーと一緒にされて、お得感が無いんだ」

「うふふ、そうですか。あたしも三月三日なので、ひな祭りと一緒でした」


 駅からいつも通学に使っている電車に乗り、やっぱりいつも通学に使っている駅で降りて徒歩五分ぐらい。住宅街の中にしんあい食堂はあった。


 少し早めに着いたので、お客さんはまだ数組しかいない。


「いらっしゃいませ。あら、楼珠ろうずさん、いらっしゃい。華琵はなびから聞いていますよ」

楼珠ろうずさん、こんにちは! ……あの、そちらの方、楼珠ろうずさんの彼氏ですか?」

「ううん、まだ、その、そういう関係じゃなくて……」

「『まだ』なんですね?」


 ああ、中学二年生の少女にも言われてしまった。二海ふたみさんの顔を見上げると、ごくごく普通にニコニコしている。

 うーん、本当に動じない人。余裕のある表情に、お腹の中で熱いものがうごめく気がする。


「あの、楼珠ろうず、ほんとに無料でいいのかな」

「大丈夫です」


 あたしたちは、それぞれ違うメニューを選んだ。もちろん、これは作戦。

 ママからの助言で、違うメニューを注文したら試食を理由におかずを交換し、親密度を上げるっていう。


 意外だったのが、二海ふたみさんは魚系が好きだってこと。二海ふたみさんはサバの塩麹定食、あたしは佐原豚のトンカツ定食を注文した。


「彼氏さん、ご飯、たくさん食べれるのかしら?」


 華琵はなびのお母さんがカウンター越しに興味深げに聞いてきた。これはあたしも興味がある。


「四合ぐらいならいけます」

「え、本当に? じゃあ、このお茶碗で十杯食べてくれたら、次回、彼氏さんだけで来ても無料にします」

「楽勝です、助かります」


 そんなわけで、目の前で一切の会話もなく、二海ふたみさんの戦いは始まった……戦いって何?

 あたしが普通に食べている間に、これ見よがしにお茶碗がどんどん積まれていく。他のお客さんも見守っている。


「ふう、もう、お腹いっぱいです。ごちそうさま」


 あたしが食べ終わって少ししてから、二海ふたみさんも食べ終わり宣言をした。

 お茶碗を数えると、なんと、十二杯……す、すごい……開いた口が閉じないとはまさしくこのこと。拍手が聞こえる。なんだか恥ずかしい。


 華琵はなびのお母さんが近づいてきて、いきなり二海ふたみさんのお腹を撫で始めた。


「いったい、これだけの量、どこに入っていくのかしら。あら、たしかに胃のあたりだけは膨らんでいるわ。それにしても『痩せの大食い』って本当にいるのね。初めてよ」


 いやっ、あたしだって二海ふたみさんのお腹、触ったこと無いのに。どうして他の人は、いとも簡単に二海ふたみさんに近づけるんだろう?



  ♪  ♪  ♪



 十月七日、土曜日。今日は理工技大学の大学祭。なぜかあたしの隣には颯綺さつきがいる。葉寧はねいと平川くんがいるのはわかる。でもなぜか、颯綺さつきがいる。


 あたしたちは、バスを降りて理工技大学の大学祭会場に向かって歩いているところ。

 颯綺さつきはいつものように、トテっトテっと歩いている。そんなわけで、ちょっとゆっくりペース。


 二海ふたみさんは、ジャズ研では出番がなく、軽音部でスポット出演、入り口でもらったフライヤーを頼りに、四人で会場に向かって歩いた。


 でも、なぜに颯綺さつきがここにいるんだろう? 文化祭の時の感じから、嫌な展開の予感しかしない。


 会場はとても目立つ場所で、各部が順番に使っているとても華やかステージ。あ、二海ふたみさんだ!

 ステージ脇に二海ふたみさんを見つけた。少し緊張しているのかな、初めて見る表情。


 軽音部の演奏が始まり、三曲目、二海ふたみさんもステージに上がった。あれはテナーサックスだ。どの曲も聴いたことはあるけど曲名まではわからない。ちょっと古い曲だと思う。


 二海ふたみさんは、どこを演奏するんだろうと思って聴いていたら、途中、何やらかっこよくオブリガードを入れてる。恐らく、ソロと思われるパートが来た時……あ、これ、あたしが苦手だったフレーズだ!


 キーは違うけど、二海ふたみさん、二小節だけ、あたしが文化祭でごまかそうとしたフレーズを入れてくれた。きっとこれ、あたしへのメッセージだ。心の中で、長い耳の太ったウサギがスキップしている。


 軽音部の演奏は三曲で終わり、次は何やら自由表現のダンスっぽい感じの演目。何気に眺めているうちに、二海ふたみさんがあたしたちの傍に来てくれた。


「来てくれてありがとう」

二海ふたみさん、かっこよかったです」


 颯綺さつき二海ふたみさんに抱きついた。二海ふたみさんはなぜか振りほどこうとしない。く、悔しくない。全然、悔しくない。

 でもね、どうしてみんな、そんな簡単に二海ふたみさんに触れられるの?


 特に颯綺さつき、どうしてそこまで急にベタベタできるのかな。もう、悔しさを越えて泣きそうだよ。




   ----------------




あとがき

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


ワタクシ、高校生の時は本当に四合、ご飯を食べました。体重は五十七キロだったと記憶しています。


近所に、「○○食べたら無料」というお店が無くて、悲しい思いをしました。


今は、さすがにそこまでは食べられませんが……それでも、そうですね、お腹いっぱい食べれば、お茶碗七杯ぐらいは行けます。



おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。

さらに、フォロー、ブックマークに加えていただけたら、スクワットして喜びます。



それではまた!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る