金髪女子高生とギターと最期の通学路

綿串天兵

いきなりギターの先生に

 みんな一斉に帰り支度を始めた。いつものように何となく古びた木の香りのする教室も、あと半年ほどでバイバイすると思うと、なんだかもう名残惜しい気がする。


 葉寧はねいが近づいてきてスマホを取り出し、一枚の写真を見せた。


「ほら、楼珠ろうず、やっぱり美人になっているよ。四月の時は、かわいかったもん。今は、美人になっているよ」

「そ、そうかな」

「身長を測りに行こうよ。きっと伸びているよ」


 確かに、自分では気が付かなかったけど、写真と比べると、丸顔がすこし面長になった気がする。あたしは、葉寧はねいに腕を引っ張られて保健室に向かった。


「失礼しまーす」

「あら、どうしたの?」

「身長計、使わせてください」

「どうぞ、自由に使ってね。あ、裸足でね」

「はい」


 葉寧はねいに即されるまま身長計に乗ってみた。体重計じゃないから、抵抗感はない。


「えっと、一五四センチ」

「え? そうなの? 五センチも伸びてる」

「すごいね、楼珠ろうず。半年でこんなにって、小学生の成長期並みだよ」

「そっか、それで膝が痛かったんだ」


 いわゆる成長痛ってやつだったんだ。良かった、変な病気じゃなくて。


「体重も測る?」

「いい」


 あたしは即答した。友だちとはいえ、ちょっと恥ずかしいから。


 その後、いつものようにアップル楽器でバンド練習をした。でも、今日は特別。三年生、恐らく、このバンドとしては最後の練習。


 受験のこともあって、イベントの予定もなく、でも演奏は楽しいから。


「王女様!」


 ちょっと、びっくりしたよ。スタジオを出た途端に声をかけられた。声の聞こえた方を見ると、日焼けした中学生らしき女の子と、両親と思われる中年の男女が立っていた。


 傍には店員さんがいて、何やらエレキギターの説明をしていたみたい。


「王女様って、あの王女様?」

「パパ、間違いないよ。王女様。大勢のたみの前で五人の男たちをひれ伏させた、生きるレジェンド、王女様」

「そう言われてみれば……」


 え? 生きるレジェンド? 三人から浴びせられる熱い視線が、顔の表面温度をどんどん上げていくのがわかる。


「あの、どうされましたか?」


 あたしは、のどの渇きを感じながら、ちょっと遅れて質問をした。


楼珠ろうず、私たち、先に帰るから」

「あ、ちょ、ちょっと」

「バイバーイ」


 葉寧はねいたちは、三人そろってニヤリと笑うと、まったり会話をしながらアップル楽器を出て行った。


「あの、王女様、さっき、スタジオから漏れてくる演奏を聴いていました」

「そ、そうですか。今日は最後のバンド練習だったんです」

「え? そんな貴重な瞬間に出会えるなんて、これは奇跡です」


 すー、はーっと深呼吸をして、状況を再確認した。


 目の前には中学生らしき女の子が一人、その向こうに笑顔の中年男女、そして、丸椅子に座ってエレキギターを持っているいつもの店員さん。


 壁には、エレキギターやエレキベースがたくさん陳列してある。


「もしかしてエレキギターを買いに来たんですか?」

「そうなんです。卒業祝いに、パパとママがプレゼントしてくれるんです」


 卒業祝い? 中学生だとしたら、まだ受験も終わっていないのに、どういうこと?


 中年の男性と女性が近づいてきた。見た感じ、五十代かな。


「娘がいきなり申し訳ありません。実はまだ中二なんですが、どうしてもギターが欲しいと言って聞かなくて」

「そうそう、それでまだ卒業まで一年以上あるのに買いに来たのよね」

「そうでしたか」


 あたしがきょとんとした目で見上げると、察したのか、男性の方が答えてくれた。


「いや、娘は私が四十五の時に生まれましてね」

「あ、いえ、そういう意味では」


 図星。


「王女様、さっきの演奏、胸アツでした。あの、できれば王女様にギターを教えていただきたいです」


 女の子は、あたしの言葉が終わるのを待たず、興奮気味な声で話し始めた。


「え、いや、でも……」


 店員さん、助けて。


「一応、うちでもギター教室やっています」


 ありがとう、それっ、それを待っていたの。


「でも、私、王女様に教えていただきたいです。ついでに、男子をひれ伏させる方法もお願いしたいです」

「その、ちょっと、ね?」


「私たちからもお願いできませんか? なあ、お前」

「ええ、私からもお願いしたいわ。もちろん、スタジオ代は出しますから」


 三人して店員さんを完全に無視している。


「でも、あたし、人にギター教えられるほど上手じゃないですし……」

「いえ、好きな先生に教えてもらうのが上達の早道です」


 確かに、それはそうだ。あたしも、中学校の時、学年が変わって好きな先生になってから、急に英語の点数が上がり、なぜか他の教科の点数もよくなった。


 この一言には、思わずうなずいてしまった。


「ありがとうございます。じゃあ、毎週火曜日、この時間でいいですか?」

「え、ええ?……はい」


 しまった、勘違いされちゃった。あたし、受験勉強があるしな……でも、火曜日の夕方、一時間ぐらいだったら、受験勉強の息抜きにいいかも。


「それで、謝礼はどれくらいでよろしいでしょうか?」

「いえ、お金なんていらないです」

朱巳あけみさん、お金を取るなら、社長に相談してくださいよ」

「取りません、大丈夫です。スタジオ代だけお願いします」


 スタジオ代、地味に負担になるから。二人で割り勘でも毎週だとちょっときつい。それからKINEを交換し、少し話をした。


 彼女の名前は、松村まつむら華琵はなび。すぐ傍にある従吾中学校の二年生。

 ギターを弾いた経験はなく、アニメの影響でエレキギターを弾きたくなったとのこと。


 夢は、ギターヒロインという名前でゾウチューバーになりたいそうだ。


 身長はあたしとほぼ同じ。顔はかわいい系。まつげが長く、エクステしているみたい。いや、中学生でそれはないよね。


 そんなわけで、レスポールにするか、ストラトにするかで悩んでいるとき、ちょうどあたしたちがバンド練習をしていたとのこと。


「王女様なら、どのギターにしますか?」

「うーん、あたしはストラトを使っているけど」

「でも、あの時は、フォークギターをお持ちでした」

「あの時……って、駅横広場で演奏しようとしたときのこと?」

「はい。そうです」


 そうだ、あの時はアコースティックイベントでフォークギターを持っていたな。屋外ステージで、結局、演奏できずに終わっちゃったけど。


「音はどっちの方がいいと思ったの?」

「えっと、音はレスポールの方がちからづよくて好きです。でも、ストラトの方が身体に合う気がします」


 なるほど……。あたしは店員さんの方を見た。


「あの、ザマハのギターで、ストラトでハムバッキングのモデル、ありましたよね」

「さすが朱巳あけみさん、僕も今、それを言おうと思っていたんですよ」


 あたしはギターが陳列されている壁を見た。


「でも、今、お店にない……かな」

「いえ、まだ出していないだけで、入荷したてのものがあります」

「さすが、王女様です。でも、ハムバッキングって何ですか?」

「ピックアップ……マイクのこと。レスポールに付いているマイクはハムバッキングと言うの」


 店員さんは店の奥から、ブラックボディのエレキギターを持ってきた。


「ザマハのオシフィカというシリーズに、ちょうどいいモデルがありまして。これです。お値段的にも良い感じかと。

 某アニメの最後にヒロインが購入したギターと同じシリーズです」


 三人がエレキギターをマジマジと見始めると、店員さんは鼻の穴を広げて話し始めた。


「美しい杢目もくめのフレイムメイプルが使われていて、ステージでライトを浴びると、それはもう、本当に綺麗に見えるんです」


「でも、ちょっとこの板のところがモヤモヤしてて嫌かも」

「大丈夫です。追加購入になりますが、ブラックのピックガードに交換することもできます」


「こっちのマイクの色も黒くなりませんか?」

「大丈夫です。こちらも追加購入でブラックに変更できます」


「パパ、ママ、このギターでいい?」

「いいとも。じゃあ、今日、購入していこう。追加の部品も注文します」


「承知しました。では、こちらへ」


「王女様、少々お待ちくださいね」

華琵はなびちゃん、王女様はちょっと……」

「じゃあ、なんてお呼びすればよろしいですか?」

楼珠ろうずでいいよ」

楼珠ろうず様」

「そんなに偉くないから」

楼珠ろうずさん」

「うん、それが自然」


 華琵はなびちゃんは、両手を前で合わせ、もじもじっと身体を左右に振った。かわいい。


「でも、私は呼び捨てにして欲しいです」

「どうして?」

「それは、王女様、あ、じゃなくて、楼珠ろうずさんと、より親密だからです」

「うん、じゃあ、華琵はなび、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「では、少々お待ちください」

 

 店員さんと一緒に、三人がカウンターに向かってぞろぞろと歩き始めたとき、母親がポケットから小さな財布のようなものを取り出した。


「あの、うち、食堂やっていますので、よかったら来てくださいね。ギター講師料がわりに無料サービスしますから」


 もらった名刺を見ると、「しんあい食堂」という店の名前と、定休日が書いてある。そうか、それで火曜日なのか。定休日は、火曜日と水曜日。


「でも、そんな、無料だなんて申し訳ないです」

「夫が外科医なので、お店は趣味でやっているようなものですから、お気になさらず。なんなら、ご家族やお友だちも連れてきてもらっていいですよ」

「あ、ありがとうございます」



  ♪  ♪  ♪



楼珠ろうず、スマホにメッセージが入っているよ」


 教室で学校の帰り支度をしていると、隣の席の穂美ほのみから声をかけられた。

 そうだ、スマホ、机の上に置いていたんだった。スマホを見ると、ロック画面に通知が表示されていた。


――昨日はありがとうございました。食堂にもぜひ来てくださいね。お店のすぐ近くに住んでいます。

  興奮しちゃって眠れなくて、今日、学校、休んじゃいました。


「この子、誰?」

「ああ、昨日、アップル楽器で会って、ギターを教えることになったの。従吾中学の二年生だよ」

「へえ、楼珠ろうず、すごいね、先生?」

「ううん、ちょっと一緒にギターで遊ぶぐらいかな」

「そう」


 次の日の夜、大通り図書館から駅までのわずかな時間、二海ふたみさんと会話を楽しんでいる時にスマホが震えた。華琵はなびからだ。


――今、お話しできますか?


 あたしは華琵はなびへすぐに電話をかけた。


「どうしたの?」

「大変です。『食べたログ』とかに食堂の悪い口コミがいっぱい書かれちゃって。

 今、お母さんが削除申請していて、すぐに削除はしてもらえそうなんですけど……」

「大丈夫?」

「フーグルの方の口コミは、すぐに削除してもらえないんです」

「ええ?じゃあ、どうしたらいいのかな」


楼珠ろうずさんなら、以前、スイッターの炎上騒ぎを鎮火させたみたいに助けてもらえないかなって。

 どうかお願いします。それに……」

「それに?」

「口コミの最後に『金鬼姫きんきひめ』って書いてあるんです」


 目の前にいきなり霧が広がり、危うくスマホを落としそうになった。身体は二海ふたみさんが支えてくれている。


 きっと他の人が読んでも、いたずらって思うに違いない。あたしは二海ふたみさんの腕の中で、とりあえず電話を切った。


 不幸と幸福が同時に来ていて、もう、パニック状態だ。胃から何かが上がってくる。

 とっさに二海ふたみさんを押しのけようとしたが、二海ふたみさんの力にはかなわなかった。


楼珠ろうず、大丈夫か?」


 酸っぱいようなひどいにおいがする。また胃から何かが上がってきた。二海ふたみさんは汚れているあたしを抱きしめてくれた。二海ふたみさんの方が汚れているかも。


「会話は聞こえていたよ。だいたいわかった。とりあえず、あそこのネカフェに行こう。シャワーとかドライヤーもあるから、服、濡れタオルで拭いて乾かせる」

「はい」


 二海ふたみさんはバッグから水筒、そしてポケットからハンカチ?と思ったらバンダナ……で、水でバンダナを湿らせながら服をきれいにしてくれた。

 初めて抱きしめられたのが、おう吐だなんて、最悪の思い出。うぅ。


 服を見ると、濡れてはいるものの、ほぼほぼ、きれいになっていた。


二海ふたみさん、ネカフェ行かなくても大丈夫です。ありがとうございます」

「そっか。じゃあ、最後、これで口をゆすいで」


 二海ふたみさんから水筒を手渡された。あ、もしかして間接キスってやつ?いいのかな、いいのかな。

 また視界が変に……今度は大きくなったり小さくなったり、心臓の鼓動に合わせてゆらゆらしている。


 大きく息を吸ってみた。自分の酸っぱい嫌なにおいが肺の中に入ってきて、さらに気持ち悪い。

 そして、二海ふたみさんから離れると、意を決して水筒に口を付けた。


 二海ふたみさんは、腕を組みながら右手をあごに当てている。


「なんとかなるかも」


 そうだ、二海ふたみさんがいる。二海ふたみさんならきっとなんとかしてくれる。




   ----------------




あとがき

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


エレキギターは、エフェクターを使えば色々な音に変化させることができますが、マイク(ピックアップ)がかなり重要な役割をしています。


本作中に出てくるエレキギター、名前はもじっていますが実在します。


「ギターヒロイン」、元ネタでは「ギターヒーロー」なのですが、そこはやはり女の子ということで、「ヒロイン」にさせて頂きました。



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