【12-2】事件の結末(2)

「漸く来ましたか。

で?そちらが?」


「お察しの通りですう。

この方は清宮沙耶香せいみやさやかさん。


東方木帝の佐、句芒こうぼうの依り代になった方ですう。

ご依頼通り、お連れしましたよお」


呉羽宗一郎くれはそういちろうと赤い陰陽師上狼塚神斎かみおいのづかじんさいのそのやり取りを聞いて、六壬桜子りくじんさくらこの顔から表情が抜けた。

「神斎、貴方もしや、わたくしを裏切っていますか?」


「裏切るなんて、人聞きが悪いですよお、桜子さあん。

元々僕があ、無報酬で働くなんてあり得ないことは、よく知ってるでしょお?


こちらの呉羽さんからは、高額の報酬を約束してもらったんですよお。

こちらに付くのは、当然ですよねえ。

そうでしょう?桜子さあん」


そう言って笑う神斎に、桜子も凶悪な笑みを口元に浮かべて応える。

「いい度胸をしていますね。

ではその報酬とやらと、自分の寿命を引き換えになさいな」


その時、二人の間に張り詰めた空気に割って入ったのは、呉羽宗一郎だった。

「茶番はそのくらいにしてくれたまえ。

漸く五帝の佐が揃ったのだから、話を進めようじゃないか」

彼はそう言って前に進み出ると、その場の全員を見渡しながら語り始めた。


「ここにいる川上君と神斎君以外は、事情が全く呑み込めていないだろうから、特別に私から説明してあげよう。

さて、何から始めようか。

そうだ。やはり21年前の、あの痛恨事から始めるのが筋というものだろう」


呉羽宗一郎は、最早その場の誰も見ていない。

まるで自分自身に語りかけているようだった。


「当時私の父が朝田正義に陥れられて、権力の座から追われたことは、知っている者もいるだろう。

だがそれも、今となっては些事だ。


しかし当時まだ大学生だった私は、そのことにかなりの衝撃を受けた。

未熟だったのだろうね。

その衝撃故に、私はある行動に出た。


我が呉羽家は代々この地方の実力者であり、一宮と呼ばれる<雨宮神社>の氏子筆頭だった。

私もその座を引き継ぐ筈だったが、それを辞めることにしたのだ。


考えても見たまえ。

代々使えて来た我が家に加護を与えない神など、奉るに値しないだろう。

そして氏子筆頭を辞めるだけでは飽き足らなかった私は、更に強い意思表示を行った。


当時呉羽家の総領は、氏子筆頭の役割として、毎年神箭を奉納することになっていたのだ。

病に倒れた父に代わって奉納を行うことになった私は、その前日社殿の前に立って、神箭を折ったのだよ。

呉羽家が、雨宮の神と縁を切る証しとしてね。


するとどうだ。

その日雨宮の宮司が、頓死したというではないか。


私は思ったね。

我が呉羽家こそが、<雨宮神社>に加護を与えていたのだと」


何かに取り憑かれたように長広舌を振るう呉羽宗一郎は、天宮於兎子を一切見ていなかったが、その言葉は彼女の心を深く抉っていた。

彼の話が、21年前に彼女と父の間に起こった悲劇の痛みを、彼女の心の奥底から呼び起こしたからだった。


その心情を察した鏡堂が口を開きかけるのを、天宮が「最後まで聞きましょう」と呟いて押し止める。

その代わりに、赤装束の陰陽師が口を挟んだ。


「なるほどお。

呉羽さんが神箭を折ったことで封印が解けて、玄冥げんめいの眷属の力が天宮さんに宿ったんですねえ。


そしてそれを契機に、他の封印が解け始め、ここに五帝の佐が集ったというのは、不思議な因縁ですねえ」


「ふむ、それは面白い考察だね。

つまり私が撒いた因が、今まさに果となって結実しようとしている訳か。

面白い」

そう言って呉羽は満足げに頷く。


「あんたら一体、何の話をしてるんだ?

まったく意味が分からんぞ」

鏡堂が我慢し切れずに話に割って入ると、呉羽はそれを片手で制する。


「気の短い男だな、君は。

私の話はこれからなのだ。

さっきは君の詰まらん質問に、長々と付き合ってあげたのだから、今度は君たちが私の話を傾聴する番だろう」

そして呉羽は再び長広舌を振るい始めた。


「学業のために東京に戻った私は、進路を警察に定めた。

父のように財務官僚になって、政治家を目指すのは迂遠だと思ったからだ。


何が迂遠かだって?

この国の支配者になることだよ。

父の、いや、呉羽一族の夢はそれだった。

まあ、それも今の私にとっては些事に過ぎないが。


私は国内で直接的な力を行使するには、警察という組織を掌握することが近道だと考えたのだ。

そしてそれはある意味正しかった。


しかし警察庁のトップに上り詰めようとしたその時、私は気づいたのだ。

仮に警察という権力を握ったところで、それは一時的なものに過ぎないことにね。


継続して権力を掌握し続けるためには、迂遠であろうと、やはり政治家として力を培養するしかなかったのだ。

私は愕然としてしまった。

やはり父のやり方は間違っていなかったのだ。


しかしそんな時、私に天恵がもたらされた。

齎したのは、あの黒部だった」


そう言って呉羽は、上着のポケットから小さな像を取り出した。

それは不思議な形をした、動物らしかった。


その動物の体は、膨らんだ袋の様で目も鼻も口もない。

その代わりに脚が六本と四枚の翼が生えているのだ。


「この像は<渾沌こんとん>といって、中国神話の中の四凶の一体とされている。

しかしその実態は<帝江>、即ち世界の中央を統べる<黄帝>を指すのだ。


この像を手にした時、私の中に大いなる力が満ち溢れた。

それは<支配する力>、<制する力>、<奪う力>、<与える力>だった。


それと同時に私は悟ったのだ。

私はこの力で、この世界を統べる者なのだと。


分かるかね。

私はこの世界を支配する王になるのだよ」


そう言って虚空を見つめる呉羽宗一郎のかおは、鏡堂と天宮の眼には狂人としか映らなかった。


「警察中央での権力など、最早何の未練もなかった。

そして私がこの県の県警本部長として戻った時、この地に蠢く様々な力を感じたのだ。


解き放たれた北方玄帝と南方炎帝の佐の力。

未だ封じられたままの、他の三佐の力。

四凶の一、<窮奇きゅうき>の力。


そして私はこの地に湧き出る瘴気の中に見つけたのだ。

黄帝、つまり私の佐神<后土こうど>の眷属が、この地の瘴気によって変容した<腐嶬ふぎ>というものを。


私はすぐさまその力を開放し、この手に収めた。

そしてその<腐嶬>の力を、この川上君に与えたのだよ」


「川上と村川は、どうしてあんたに従ってるんだ?

あんたが本部長だという理由だけじゃないだろう」

呉羽の長広舌の合間を縫って、鏡堂が疑問を差し挟む。


「私が<黄帝>の<支配する力>を用いて支配したのだよ。

手足が必要だったからね。


流石に刑事部長の高階には隙がなかったが、公安部長の谷は阿諛便佞あゆべんねいの徒だったからね。

すぐに二人を、私の直属として差し出したよ。


しかし、この川上君は優秀だったが、村川は使えない男だったね。

アスレチックジムの会員登録や、黒部との連絡係程度にしか使い道がなかった。


挙句の果てに、訳の分からない死に方をして。

まったく情けない」


そう言って肩を竦める呉羽に、鏡堂は怒りのまなざしを突き付ける。

「そしてその優秀な川上を使って、次々と人を殺した訳か。

あんたは何故、6人もの人間を殺す必要があったんだ?」

村川に同情するつもりはないが、部下をゴミのように扱う呉羽に、大きな嫌悪を感じずにはいられなかったからだ。


「その通り。

川上君は私の指示通り、いい仕事をしてくれたよ。


そして動機かね。

それも些事ではあるが、せっかくだから説明してあげよう。


順番に行こうか。

先ずあの高遠という男だが、東方木帝の佐<句芒こうぼう>の封印である神獣鏡を持ち逃げしようとしたのだよ。


だから川上君に命じて、それを奪還しようとしたのだが、既に彼の手元にはなかった。

どうやら、そちらの占い師の女性の手に渡っていたようだがね。


まあ今となっては、こうして解放された<句芒>の依り代を手に入れた訳だから、結局世界は私のために回っているのだよ」


そう言って笑う呉羽に、鏡堂たちは最早言葉を失くしていた。

そして彼の独壇場はさらに続く。


「次は渡会だったね。

あの男の<窮奇きゅうき>の力というのは、実は<黄帝>の支配の対象外なのだよ。


<黄帝>の力が及ぶのは、五帝の佐とその眷属だけだからね。

だから邪魔になる前に処分したのだ。


そして高島、朝田正道、黒部の三人は、私が国政に出る際の障害物として始末した。

最初は黒部を殺すつもりではなかったが、君に詰まらないことを伝えようとしたからね。


そして朝田正義だが、一応父の無念は晴らしておかなければならないと思ったから、

処分を命じた。

情緒的ではあるがね。


さて、これで納得がいったかね。

ではそろそろ本題に入るとしようか」


そう言って呉羽宗一郎は、真顔に戻った。

その瞳の奥に湛えられていたのは、狂気そのものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る