【12-3】事件の結末(3)

「今日君たちに集まってもらったのは、他でもない。

私の配下となって、私が世界の王となる、手助けをさせてあげようと思ったからだ。


君たちにその力が授けられた理由は自明だろう。

世界の中心の王たる<黄帝>私の手足となって、存分にその力を振るうためだ。


現に私の直属の佐たる、<后土こうど>の眷属の力は、川上君によって有効利用され、大いに私の役に立っている。

君たちも早く私の支配を受け入れ、彼に続いてくれたまえ。

そのために」


「ちょっと待ってくれないか」

その時呉羽宗一郎くれはそういちろうの言葉を、鏡堂達哉きょうどうたつやが遮った。


「あんたの言ってることは、支離滅裂過ぎて意味が分からない。

一体あんたは、何がしたいんだ?」

その言葉に呉羽はムッとする。


「何?君は日本語が理解出来ないのかね?

私の目的は世界の王となることだ。


その手始めとして、まず国政に進出し、速やかにこの国の権力を握るのだ。

そのための邪魔者どもを排除するのが、五佐の力ではないか。


だが私のゴールは日本のトップというような、チンケなものではない。

やがて世界の」


「だから、それが意味不明だといってるんだ」

鏡堂のその言葉は静かだったが、激しい怒りが込められている。


「あんたが言ってるのは、自分の邪魔をする人間をすべて殺して、自分が権力を握るってことか?

何を血迷って、そんな世迷言を自慢気に口走ってるんだ?


侍が刀を振り回してた時代じゃないんだぞ。

川上がどんな力を使ったところで、そんなことが実現する訳がないだろう」


そう言って前に出ようとする鏡堂を、川上道孝かわかみみちたかが、「動くな」と言って鋭く制した。

彼の手にはいつの間にか拳銃が握られ、その銃口が新藤優しんどうゆうの後頭部に当てられている。


「悪いが、それ以上前に出ると、この子の頭が吹き飛ぶことになるぞ」

その言葉を聞いた天宮於兎子てんきゅうおとこが、咄嗟に<雨神>の力を発動させようとしたが、何も起こらなかった。


――どうして力が発動しないの?

天宮は心中焦ったが、その様子をせせら笑うように呉羽宗一郎が口を開く。


「天宮君と言ったか?

君は今<玄冥げんめい>の眷属の力を使おうとしたね。


私にはそれが分かる。

何故ならば、私がその力の行使を制したからだ。


これが中央の帝たる<黄帝>の力。

五佐の者は、私の前では無力になるのだよ」


「あんた、その優君を殺したら不味いんじゃないのか?

その子の力が欲しいんだろう?」


「その心配は無用だ。

この少年と、そちらの清宮という女性は依り代となってからの時間が短い。

だから私は、この二人から任意に佐神の力を抜き出すことが出来るのだ。


しかし天宮君とその猫は、依り代となってからの時間が長いからね。

最早その力を分離することは難しいのだよ。

だから直接私の支配下に置くことにしたのだ。


そうだ、いい考えが浮かんだ。

この少年から力を抜き出したら、鏡堂君、君にそれを授けよう。


子供に私の手伝いは荷が重いだろうし、君なら使い勝手が良さそうだ。

その頑固極まりない性格も、私の支配を受ければ矯正されるだろう。


光栄に思いたまえ、鏡堂君。

君も天宮君と共に、私の手足となって働くことが出来るのだよ」


巫山戯ふざけるな!」

その余りに身勝手な主張を聞いて、遂に鏡堂が激高した。


「誰があんたの手先になどなるか!

何が世界の王になるだ。


俺にとってそこの川上は、6人を殺した単なる殺人犯。

そしてあんたは、そいつに殺人教唆した共犯者に過ぎないんだ。

二人ともただの犯罪者なんだよ。


俺は刑事だぞ。

犯罪者の片棒を担ぐ訳がないだろう」


「私も鏡堂さんと同じです。

あなたの手下になんか、金輪際なりません」

天宮も強い決意のこもった声で、鏡堂に続いた。


二人の言葉を聞いた呉羽宗一郎は、嘆くような仕草で天を仰ぐ。

「まったく愚か者どもは、これだから。

私は君たちに、王の側近となる栄誉を与えようとしてるんだよ。

どうしてそれが分からないかなあ」


その時、それまでずっと沈黙して、事の成り行きを見守っていた六壬桜子りくじんさくらこが口を開いた。

「貴方は、何故王になりたいのですか?

訊き方を変えれば、王になって何をなさろうとしているのですか?」


突然の問いかけに虚を突かれたように、呉羽は一瞬言い淀んだ。

しかしすぐに顔を昂然と上げる。


「何を愚かなことを。

私は世界の中心、五帝の頂点にある<黄帝>の依り代。

いや、<黄帝>そのものなのだよ。


その私が世界の王にならなくてどうする。

王になって世界を支配する、それが私の目的なのだ」


しかし高らかにそう宣言する呉羽に向けて、またも桜子が言葉を発した。

「つまり貴方は、ご自身が力を得て、<渾沌こんとん>と一体化されたと仰るのですね?」


「その通りだ。

私は<渾沌>、いや<黄帝>というべきか。

そう、私と<黄帝>は、今や一体なのだよ」


「貴方がその言葉を口にされるのを、お待ちしておりました」

呉羽の答えを聞いて、桜子の口元に莞爾とした笑みが浮かぶ。


そして彼女に替わって、呉羽たちの背後にいた上狼塚神斎かみおいのづかじんさいが、「よろしいですかあ?」と口を開いた。

その声に呉羽と川上が振り向く。


「今の呉羽さんの言葉を聞いて、重要なことを思い出したんですけどお。

これからお話しますのでえ、よおく訊いて下さいねえ」

「君は突然何を言い出すんだ。

今、私が忙しいのが分からないのかね」


しかし呉羽の叱責を、神斎は飄然とした笑みで受け流す。

「そんなこと仰らずに、聞いて下さいよお。

<渾沌>に関する重大な話ですからあ、聞かないと大変なことになりますよお」


「大変なこととは、大袈裟な。

まあいい、手短に話したまえ」

神斎の纏う怪しげな雰囲気に気圧されたように、呉羽は吐き捨てた。

すると赤装束の陰陽師は、にっこりと微笑んで話し始めた。


「<渾沌>とは、呉羽さんが仰るように、中国古代の地理書<山海経>の中で天山の神<帝江ていこう>と同一視され、更に帝江は五神の中央に位置する<黄帝>と同一視されていますう。

つまり<渾沌>イコール<黄帝>という、呉羽さんの認識は正しいんですねえ。


そして<山海経>の中で描かれている<帝江>即ち<渾沌>は、呉羽さんがお持ちの無目、無鼻、無口、無耳の像の姿をしているんですよお。

ご存じですかあ?」


「それがどうしたと言うんだね」

呉羽は苛立ちを顕わにしたが、神斎はどこ吹く風で笑って続ける。


「そして有名な<荘子>という道家の書物の中に、<渾沌>に関する、とても興味深い記述があるんですよお。

今からそれをお話しますねえ。


ある日南海の帝と北海の帝の二人が、<渾沌>から手厚い持て成しを受けたんですねえ。

二人はその恩に報いるために、<渾沌>の顔に目、耳、鼻、口の七孔を穿ってあげたそうなんですう。

のっぺらぼうなのを憐れんだんですかねえ。


すると何としたことでしょお。

<渾沌>はそのせいで、即死してしまったそうなんですよお(『荘子』内篇應帝王篇、第七より)。


余計なことをしちゃいましたねえ。

おや?」


そう言って陰陽師は、呉羽の顔を覗き込んだ。

「呉羽さんの顔には、目が二つありますねえ」

その言葉に彼は、一瞬で体を硬直させてしまった。

そして神斎の呪言は続く。


「呉羽さんの顔には、耳が二つ付いていますねえ。

呉羽さんの顔には、鼻腔はなも二つありますねえ。

そして」

そこで言葉を切った神斎は、目を大きく見開いた。


「そして呉羽さんの顔には、口が付いていますねえ。

つまりこれで、<渾沌>と一体となった呉羽さんの顔に、目、耳、鼻、口の七孔が開いたことになりますねえ。


大変ですねえ。

どうしましょう。


顔に七孔が開いた<渾沌>は、死んでしまいましたねえ。

残念ながらその力も、消えてなくなりましたねえ」


そう言い終えた神斎は、パチンと指を鳴らした。

その瞬間、事態が急激に動き始める。


先ず川上が新藤優の後頭部に突き付けていた拳銃が急激に変形し、鋭い突起物となって彼の手に突き刺さった。

その痛みに川上が手を離した隙を捉えて、駆け寄った鏡堂が、優を川上から引き離す。


「おや?早速<渾沌>の支配が解けて、西方金帝の佐<蓐収じょくしゅう>の力が復活したようですねえ」

その声に我に返った呉羽宗一郎くれはそういちろうが、逆上して叫んだ。

「川上!こいつらを全員処分しろ!」


その声を受け、川上が痛みに耐えながら、ヒ素を目一杯蓄えた<腐嶬ふぎ>を地に放った瞬間、次の力が発動する。

呉羽と川上の足元の地中から、突然多数の蔦のようなものが伸び出て来て、二人の全身を絡め捕ったのだ。


その蔦の表面には棘が無数に生えていて、呉羽たちの体に突き刺さっていく。

「次は、東方木帝の佐<句芒こうぼう>の力が開放されましたねえ」


上狼塚神斎かみおいのづかじんさいが、さも嬉しそうにそう呟いた時、天宮於兎子てんきゅうおとこが手に持ったキャリーバッグの中から、「シャー」という泣き声が聞こえた。

そしてバッグの網目から赤い靄が湧き出て来て、呉羽と川上を包み込む。


その靄が眩い光を放って発火した瞬間、「タッちゃん、駄目!」と天宮が叫んだ。

そして彼女の<雨神>が発動し、燃え上がりかけた火を消し去ったのだ。


降り注いだ猛烈な雨が止んだ後には、地に倒れた呉羽宗一郎くれはそういちろう川上道孝かわかみみちたかの姿があった。

二人は最早、ピクリとも動かない。


彼らに近づいた鏡堂はしゃがみ込むと、既に二人が息をしていないことを確認する。

二人の体に火傷の痕はなく、別の原因で死亡したようだ。


そのことを鏡堂が告げると、神斎が訳知り顔で口を出した。

「どうやら、川上という人が撒いた地毒に当たったようですね。

蔦に絡み取られる直前に、呉羽さんが何やら命令していましたから」


「それは私が原因なんでしょうか?」

それまで無言だった清宮沙耶香せいみやさやかが怯えた声で訊くと、神斎は笑顔で彼女に答える。


「違いますよう。

あなたは<句芒>の力で、川上さんが放った地毒を吸い上げただけですよう。

まさに<木剋土>、五行相剋の理にかなった見事な手際でしたねえ。


あなたが吸い上げてくれなかったら、僕たち全員地毒にやられて、殺されてましたよう。

この人たちは、自分が放った毒にやられた、正に自業自得、因果応報というものですう。

気にする必要なんて、これぽっちもないですよう」


それを聞いても尚、清宮は暗い顔で俯いたままだった。

二人の人間が死ぬのを、目の当たりにしたショックが大きいのだろう。

ましてや自分が原因かもしれないのだ。

鏡堂はそう思って、清宮に同情の目を向ける。


そして気を取り直した鏡堂は、六壬桜子りくじんさくらこに声を掛けた。

「結局、あんたたちはグルだったんだな」

その言葉に桜子は微笑を浮かべる。


「大変申し訳ありませんでした。

事前に申し上げる余裕がありませんでしたので、ご容赦下さいませ。


ただ今回の相手は、中々手強いと思われましたので、入念に策を練って挑んだのです。

万が一、天宮様やタツヤが敵に支配されてしまうと、取り返しのつかないことになりますので、慎重を期したのです」


「それは構わないが、一体どんな手段を使ったんですか?」

「それ程複雑な方法ではありません。

わたくしの<言霊>で、あの方に自身が<渾沌>と一体化していると認識させ、その後に<渾沌>が既に死んでいると、神斎が<呪言>を仕掛けたのです」


そこに神斎が口を挟んだ。

「この人、<渾沌>に完全に支配されて、おかしくなってましたからね。

世界の王になるだなんて真顔で言うから、笑いを堪えるのに苦労しました」


「確かにこの方は精神に異常をきたしていましたが、知能は非常に高いので、中々隙が見つからずに苦労しました。

鏡堂様が上手く気を引いて下さったお蔭で、何とか<言霊>を仕掛けることが出来たのです」


黒衣の占い師がそう言ってお辞儀をするのを見て、赤装束の陰陽師はおもむろに語り始める。


「それでえ、これからのことなんですけどお。

まず救急車と警察を呼ばなきゃですよねえ。

でもその前に、やっとかなきゃいけないことがあるんですう」

その言葉に、鏡堂と天宮が怪訝な表情を浮かべたが、彼はどこ吹く風だった。


「せっかく四佐の皆さんが揃ってるんで、瘴気の元を封印し直そうと思うんですよお。

元々、僕が呼ばれたのは、そのためですからねえ」

そう言って神斎は、小さな銅鐸と神獣鏡と取り出した。


「さっきこの人が言ってましたけど、天宮さんと猫ちゃんの力は馴染み過ぎてて、取り出すのは無理っぽいんですう。

だから優君と清宮さんから二佐の力をこの器に移して、封印しようと思うんですう。


場所はさっきこの人が告白ゲロってましたから、大体見当はつきますう。

だからお二人は、是非協力して下さいねえ。

それとも、力を取られるのは嫌ですかあ?」


「取って下さい」

「私も」

神斎に訊かれた新藤優と清宮沙耶香せいみやさやかは一斉に口にする。


その答えに頷いた神斎は、「動かないで下さいねえ」と言って、手にした器物を二人の頭上にかざして、ブツブツと呪文のような言葉を唱え始めた。

そして暫くすると、「もういいですよお」と言って器物を上着のポケットに仕舞い込む。


その様子を見守っていた鏡堂は、優に近づいていくと、「大変だったな。大丈夫だったか?」と声を掛けた。

その言葉に弱々しい笑顔を向けて、優は答えた。

「大丈夫です。何かスッキリした気分です。

それに、あの時父さんが力を貸してくれた気がするんですよ」


その言葉に微笑んだ鏡堂は、傍らに立つ清宮にも声を掛けた。

「あなたも大丈夫ですか?」

すると清宮は青白い顔に微笑を浮かべて、「大丈夫です」と小さく肯いた。


そこへまた神斎が口を挟んだ。

「じゃあ、僕はこれから封印に向かいますんで、後のことはよろしくお願いしますねえ。

それから、今回の封印は二佐の力だけなので、あまり強力じゃないんですう。


なので、もしかしたら、ちょっとくらい瘴気が漏れるかもですう。

まあ、そこはご愛嬌ということでえ」


そう言い捨てると神斎は、呆気にとられる鏡堂たちを残して、飄々と歩き去って行った。

そして六壬桜子りくじんさくらこも、いつの間にか押して来たピンクのミニバイクに跨り、「では、わたくしも失礼いたします」と言って、さっさと走り去ってしまった。


後に残った鏡堂は、天宮に119番通報するよう指示すると、この場の説明をどうするかについて頭を抱えるのだった。

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