【12-1】事件の結末(1)

鏡堂達哉きょうどうたつや天宮於兎子てんきゅうおとこが指定された<靜〇川弥生遺跡資料館>裏の駐車場に到着したのは、午後9時まで残り20分程の時刻だった。

驚いたことに、彼らが到着した時そこには、六壬桜子りくじんさくらこが全身黒装束を纏って佇んでいた。

鏡堂たちを見て桜子は、丁寧にお辞儀をする。


「六壬さん、あなたどうしてここに?」

鏡堂の問いに桜子は、いつもの嫣然とした笑みを浮かべる。

「いつぞやお伝えした知人の陰陽師から、今宵ここで決着をつけるとの連絡があり、こうして罷り越しました」

そして天宮が手に持ったキャリーバッグに気づくと、ふと暗い表情を浮かべた。


「タツヤ君もご一緒ですか。

もしやあの左道、何か良からぬことを企んでいるかも知れませんね」

「良からぬこととは、何なのですか?」

天宮がその言葉に不安を覚えて訊くと、桜子は小さく首を横に振る。


「残念ながらわたくしには、あの左道の魂胆までは分かりかねます。

ただ、今宵こちらに罷り越す前に、ことの行く末を占ってまいりましたところ、少し複雑な卦が出たのです」

「複雑な卦ですか?」


「左様でございます。

詳しくは申しませんが、幾つもの不確定要素が絡み合って、行く末が混沌としております。


今は<凶>ではありませんが、成り行き次第では<凶>に変わることもあり得ますので、鏡堂様も天宮様も、十分にご注意下さいませ」


その言葉を聞いて天宮は、思わず手に持ったキャリーバッグの持ち手を強く握りしめる。

そして鏡堂は、

「あなたに一つ確認しておきたいことがあるんだが」

と言って、桜子に強い視線を向けた。


桜子が、「何でしょうか?」と返すと、鏡堂は厳しい表情で問い質す。

「あなたは村川に何をしたんだ?」


「村川と申されますと、どなた様でしょうか?」

「県警公安課の職員の村川伸介むらかわしんすけという男です。

彼はあなたの行方を追っていた。

村川は、あなたに接触したのではないですか?」


「もしや50歳くらいの、暗いかおをした方でしょうか?

その方でしたら少し前に、確かに訪ねて来られました。


ただ名乗りもせず、目的も告げずに、わたくしを連行しようとされましたので、自己防衛のために少し抵抗させて頂きました」


実際には意図的に村川をおびき寄せたのだが、桜子は決してそのことは口にしない。

そして「抵抗というのは?」という鏡堂の問いにも、平然と答える。


「その村川という方が、心の奥底に抱いている、真の願望を探り出し、言の葉に乗せて、お伝えしました。

もちろん、その願望通りに、事を成すのは、<凶>であることも、きちんとお伝えしております」


そう言って嫣然と微笑む桜子を見た鏡堂と天宮は、改めて彼女の中の暗い闇を垣間見た思いで、慄然とするのだった。

そして鏡堂が更に言い募ろうとした時、煌々としたヘッドライトの灯りが近づいて来た。


その黒塗りの高級セダンは、鏡堂たちのすぐ近くまできて停まった。

運転席から降りて来たのは、公安課の川上道孝かわかみみちたかだった。

そして後部座席からは、鏡堂の予想通り呉羽宗一郎くれはそういちろう県警本部長が登場する。


川上は運転席の後ろの扉を開けると、中にいた小柄な人物の二の腕を掴んで、外に引っ張り出した。

それは新藤優しんどうゆうだった。


「指示通りに来たようだね。

猫はそのバッグの中かね?」

呉羽の問いに天宮が無言で肯いた。


「そちらの女性は?」

その問いに、今度は桜子が丁寧にお辞儀をしながら答えた。

「六壬桜子と申します。

巷間で占い師を営んでおります」


「ああ、君が例の占い師か。

君にはもう用はないが、まあ構わんだろう。


さて、早速用件に入りたいのだが、まだ全員揃っていないようだね。

困ったな」


そう言って独り合点する呉羽に、鏡堂が厳しい視線を向けた。

「呉羽本部長、あなたの用件が何かは知らないが、その前に訊いておきたいことがあります」

鏡堂の言葉に、呉羽は不審そうな顔をする。


「今日この場に、俺たちを呼び出すのに使ったメールアドレスは、殺された渡会恒わたらいひさしのものでした。

我々は彼が殺害された時に犯人が持ち去った、渡会の携帯電話から発信されたものだと考えています。

そのことはつまり、あなたとそこにいる川上が、渡会の殺害に関わっていると考えていいんですね?」


「何だ、そんなことか」

鏡堂の詰問に、呉羽は鼻洒びしんした。


「そんな回りくどい言い方をしなくてもいいから、はっきり言いたまえ。

君の言う通り、渡会を殺したのはこの川上君だよ。

尤も、指示したのは私だがね」


「それはつまり、渡会だけでなく、高島、朝田、黒部の三人の議員や朝田正義、それに高遠純也たかとうじゅんやの殺害も、あなたの指示で、そこにいる川上が行ったことなんですね?」


「その通りだが、そんな些細なことが何故気になるんだね?」

呉羽宗一郎くれはそういちろうはそう答えて、心底不思議そうな顔をした。


彼の返事を聞いた鏡堂が、

「6人もの人間を殺しておいて、些細とは何だ!

それにあんた、県警本部長だろう!」

と激高したが、呉羽は再び鼻洒びしんするだけだった。


「確かに私は県警本部長に違いないが、それも今となっては些事に過ぎない。

今私は、大きな目的に向かって歩き出したのだ。

無用な人間が何人死のうが、知ったことではないのだよ」


その言葉に更に激高しそうになる鏡堂の二の腕を、天宮於兎子てんきゅうおとこが強く掴んだ。

そのおかげで彼は、激情がほとばしるのを何とか抑えることが出来た。


その様子を六壬桜子りくじんさくらこが興味深げに見守る一方で、呉羽の斜め後ろに立つ川上道孝かわかみみちたかは冷笑を浮かべていた。

そしてその横には、川上に腕を掴まれた新藤優が俯いたまま、立ち尽くしている。


「これで気が済んだかね?」

「いや、まだ訊きたいことがある」

鏡堂からの答えに呉羽は、やれやれという顔をしたが、

「まだ全員揃っていないから仕方がない。

続けたまえ」

と言って彼を促した。


「そこの川上が行った犯行手段については、凡そ見当がついている。

基本は微生物を操って、硫化水素やアンモニアなどを発生させたのだろう。


だが幾つかまだ分からない点があるんだ。

それについて犯人であるあんた方の口から、直接訊かせてくれ」


冷静さを取り戻した鏡堂は、既に刑事の顔に戻っていた。

その様子を見て天宮はホッと胸を撫でおろす。

一方の呉羽は、「続けたまえ」と面倒臭そうに言うだけだった。


「先ず高遠純也たかとうじゅんやの殺害だ。

彼の死因は全身にヒ素を浴びたことによる、急性のヒ素中毒だった。


そしてこの世の中には、ヒ素を蓄える微生物がいることも、俺たちは学んだ。

しかし川上が、どんな方法で彼にその微生物を浴びせたのかが分からない」


するとそれまで無言だった川上が、始めて口を開いた。

「簡単なことだ。

俺が使うバクテリアは、運動能力が高いんだよ。


だからまずこいつらに目一杯ヒ素を吸収させ、俺の体に纏わり付かせた後、その女の<占い処>があるビルから出て来たあの男に、俺が直接接触したんだ。


そしてその瞬間に、バクテリアをあいつの体に移動させた。

それだけのことだよ」


そう言って冷笑する川上を睨みつけながら、鏡堂は次の質問を投げ掛けた。

渡会恒わたらいひさしの殺害方法は見当がついている。

石膏ボードが積まれた場所に誘い出して、別のバクテリアを使って石膏を分解させ、硫化水素を発生させた。

そうだな?」


「概ね合っているが、別のバクテリアというのは違うな。

こいつらは万能型でね。

色んなものを分解できるんだよ。

そして俺が命令すれば、その場で死滅するから、殆ど証拠も残らない」


「それは分かった。

だが、どうやって渡会を工事現場に誘い出したんだ?

あんたらと渡会の間に、どんな繋がりがあったんだ?」


「その質問には私が答えよう。

もちろん私に、渡会などという下賤な建築屋と、直接繋がりがあった訳ではない。

その時は黒部を使って、渡会を誘い出したのだよ。


黒部は私の父のお蔭で、県会議員になれた男だ。

だからその恩を返す機会を、与えてやったというだけのことだ。

質問は以上かな?」


「いや、まだ訊きたいことがある。

村川の会員証を使って、アスレチックジムで朝田正道を殺害したのもあんただな?」

その質問に、川上は面倒臭そうに頷いた。


「そして黒部が俺に何かを告げようとしているのを、村川が仕掛けた盗聴器で聞いて、機先を制した。

今思えば、黒部は自分が渡会を誘い出したことを、告げようとしていたのかも知れないな」


「そうか、盗聴器に気づいていたのか?

まったくあんたは優秀だよ。

公安まで名前が聞こえてくるだけのことはある。


あの時は正直焦ったよ。

あんたに電話が繋がる前に、黒部を始末しなきゃならなかったからな」


「そして最後に朝田正義だ。

病院の監視カメラに、あんたの姿がはっきり映ってたが、朝田と接触した様子はなかった。

彼に直接触れずに、どうやって殺害したんだ?」


「ああ、それね。

看護師にこいつらを移して、看護師経由で朝田に移したんだよ。

後は火傷の傷跡から侵入させて、炎症を起こさせただけだ」


こうして呉羽宗一郎くれはそういちろうの指示を受けて川上道孝かわかみみちたかが行った連続殺人の方法は、その全容が明らかになった。

そして鏡堂が、次の質問に移ろうとしたその時、「遅くなりましたあ」という声がした。


鏡堂たちが一斉に声の方向を見ると、資料館の陰から全身真っ赤な衣服に包まれた男が現れた。

それは六壬桜子りくじんさくらこが呼び寄せた陰陽師、上狼塚神斎かみおいのづかじんさいだった。

そして彼の後ろには何故か、清宮沙耶香せいみやさやかが俯き加減で従っていたのだ。

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