【09-2】訊き込み(2)
フォーゲートスタジアムでの訊き込みを終えた
目的はジムトレーナーの大橋薫から聴取した、公安課の
幸い高階は在庁していて、鏡堂たちが面会を求めると、すぐに応じてくれた。
鏡堂は大橋からの聴取結果を報告すると同時に、公安課の
高階はこれまでに起こった、一連の超常的な事件の経緯を知っていたので、鏡堂たちが立てた仮設にも、一定の理解を示してくれた。
その上で、鏡堂たちに厳しい視線を向ける。
「お前たちがもし、公安課の二人が今回の事件に関与していると考えているのであれば、今後の捜査は慎重の上にも慎重を期して進めろ。
他部署が絡む事件だ。
新藤課長の時のようにはいかんぞ」
その言葉に鏡堂たちが肯いたのを見て、高階はさらに言葉を重ねた。
「公安にはそれとなく当たってみるが、あまり多くは期待するな。
連中の秘密主義は、お前もよく知ってるだろう」
鏡堂は高階の言葉に頷くと、時間を取ってもらった礼を述べ、彼の執務室を後にした。
そしてデスクに戻り、次の訊き込みについて天宮と打合せを行う。
「黒部議員の秘書の方からは、明後日にアポをいただいています。
それまでは議員の葬儀や、弁護士事務所の方の後始末で忙しいとのことでした」
「訊き込みは、黒部の事務所で行うんだな?」
「はい、それが何か?」
天宮は鏡堂が妙なところに念を押したので、不審げに訊き返した。
「ブリーフィングの時の宿題で、犯人が事件当日の黒部の予定を、どうやって知ったかという問題があったのを憶えているか?」
鏡堂の言葉に天宮は頷いたが、まだ彼の意図が掴めない。
「あれから、よくよく考えたんだが、犯人はもしかしたら、黒部の事務所に盗聴器を仕掛けたんじゃないかと思ってな」
鏡堂の口から出た予想外の言葉に、天宮はハッとして訊いた。
「どうして、そう思われたんですか?」
「黒部殺害時の様子だが、犯人は警察手帳を見せて肥料工場内に入り込むなど、かなり強引なことをやってる。
だから俺は、そこに犯人の焦りがあったんじゃないかと思ったんだ」
「焦りですか」
「あの日黒部は、工場に出掛ける前に、俺に電話を入れている。
留守番電話の録音には、俺に話したいことがあるというメッセージが残ってた。
そのことが犯人を、焦らせたんじゃないかと思ったんだ。
俺に何かを伝える前に、黒部を抹殺する必要が生じたんじゃないかとな。
そして犯人が、黒部が俺に電話を掛けたことを、どうやって知ったかと考えた時、彼の事務所に盗聴器を仕掛けていたという線が、一番あり得るんじゃないかと思わないか?」
その説明を聞いた天宮は、改めて鏡堂の直観力と洞察力の凄さを感じた。
――やっぱりこの人、刑事として一流だわ。
「それで秘書の方への聴取はどうされますか?
事情を話して、事務所の外で会うようにしましょうか?」
「いや、そこまでする必要ないだろう。
事務所中あちこちに仕掛けられている訳でもないだろうから、明後日いく時に探知機を持っていって、盗聴器のない場所で訊き込みをすれば済むことだ」
その言葉に天宮は頷いた。
そして二日後。
そして鏡堂の予測した通り、盗聴器は黒部の執務デスクから見つり、他の部屋には仕掛けられていないことが確認された。
鏡堂は、盗聴器はそのままにしておいてもらい、事務所内の応接室で事情聴取を行うことにした。
今現在も犯人が、鏡堂たちがここを訪れていることを、見張っている可能性があるからだ。
いま盗聴器を撤去すると、彼らが盗聴器の存在に気付いていることを、犯人に知らしめることになる。
それによって犯人に、必要以上に鏡堂たちへの警戒心を抱かせないようにするためだ。
鏡堂たちの正面に座った奥寺は、盗聴器が仕掛けられていたという事実に、かなりショックを受けているようだ。
年齢は五十代の筈だが、事件に巻き込まれた焦燥のせいか、実年齢よりも老けて見える。
奥寺は
そして彼が20年前に県会議員に当選してからは、法律事務所の業務と政治家の秘書業務の両方を担ってきたようだ。
正に黒部の懐刀と言っていい存在だったのだ。
鏡堂は事情聴取に応じてくれた礼を述べると、黒部が殺害される直前に、自分に留守番電話のメッセージを残していたことを告げ、録音された音声を聞かせた。
その上で、彼が鏡堂に何を伝えたかったのか、思い当たる節がないか尋ねた。
奥寺は暫くの間黙考していたが、やがて首を横に振る。
「申し訳ありませんが、心当たりはないですね」
「そうですか。それでは質問を変えましょう。
黒部さんは今年に入って災難続きでしたね。
市民会館で二酸化炭素中毒の被害に遭われたり、商工会議所での爆発騒ぎに巻き込まれたり、大変だったと思います。
そこに今回の事件だったのですが、黒部さんが最近何か、以前と変わった様子はなかったですか?
例えば一人で思い悩んでいたり、或いは何かに怯えているようだったり。
思い当たる範囲で構わないのですが、何かありませんかね?」
「そうですねえ」
そう言って奥寺は、また考え込んだ。
そして暫くして顔を上げると、
「関係あるかどうか、分からないのですが」
と断って、ポツポツと語り始めた。
「先月、建築デザイナーの渡会さんの、変死事件がありましたでしょう?
その時私が、偶々お昼休み中にテレビのワイドショーで見て、そのことを先生にお伝えしたんですよ。
渡会さんとは、<靜〇川リゾート>開発の件で、私も何度かお会いしたことがあったので、びっくりしましてね。
昼食から戻って先生にお伝えしたら、途端に顔色が変わるくらい驚かれたんですよ。
あまりに驚いた様子だったんで、こっちもびっくりしましてね。
『先生、どうしたんですか?』ってお訊きしたら、『何でもない』と仰ったんですけど。
その後私が先生の部屋から出て行く際に、先生が『どうして渡会が殺されたんだ』と呟かれるのを聞いたんですよ」
鏡堂は奥寺のその言葉に、思わず食いついた。
「ちょっと待って下さい。
黒部さんは、『どうして殺されたんだ』と仰ったんですね?」
「はい、確かにそのようなことを仰いました。
リゾート絡みではそれ以前に、さっき仰ったような不穏なことが続きましたでしょう?
私も気になっていましたので、はっきりと憶えています。
もしかして今回先生が亡くなられた件も、リゾート開発と関係あるんでしょうか?」
「いえ、それは現時点では、関連性が認められていません」
鏡堂は奥寺の質問に、そう口を濁さざるを得なかった。
渡会が一連の<窮奇>事件の犯人であったことは、表沙汰に出来ないからだ。
そこで鏡堂は、少し話を逸らすために、別の質問をする。
「話題は変わりますが、事件の捜査以外で、警察関係者が黒部先生を訪ねてきたことはありませんか?」
「ええ、一度訪ねて来られましたね。
名前は忘れましたが、嵯峨先生のお使いということで訪ねて来られました」
意表を突いたその答えに、鏡堂と天宮は思わず身を乗り出す。
「嵯峨先生というのは?」
「衆院議員の
どうして嵯峨先生のお使いで、警察の方が来られたのか不思議でしたが。
ただ先生もその方と顔見知りだったようで、別に不審がっているようなことはありませんでした」
「その警察官ですが、名前を思い出せませんか?
もしかしたら、
鏡堂がそう言うと、奥寺はすぐに反応する。
「あ、確かにそんな名前の方でした。
50歳くらいの、少し癖のある感じの方でしたね」
その答えに鏡堂と天宮は顔を見合わせる。
村川がその時に、盗聴器を仕掛けたと思ったからだ。
その様子を奥寺は、不思議そうに見ていたが、嵯峨の名前が出たことに触発されたのか、さらに驚くべきことを話し始めた。
「実はうちの先生は嵯峨先生から、今度の衆院補選に出るよう勧められていたんですよ」
「補選というのは、朝田正義議員の引退に伴う選挙ですか?」
「はい、そうです。
先生は気乗り薄だったんですけどね。
何しろ、先日亡くなった朝田正道さんが、父親の地盤を引き継いで出馬するという、もっぱらの噂でしたからね。
自分が出ても勝ち目はないんじゃないかと、思ってらしたようです。
でも嵯峨先生は、自分が後ろ盾になるから、心配するなと仰って。
自分が勝たせてやるからと言って、かなり強引に押されたので、先生は少し困惑しておられました」
奥寺の証言は色々な意味で示唆に富んでいるように思われたが、鏡堂はあまり予断を持ち過ぎないよう心の中で自身を戒める。
そしてその後鏡堂は、黒部一の死亡時の状況について幾つか質問し、訊き込みを終えたのだった。
黒部の事務所を出て、県警本部に帰庁する車中で、鏡堂たちは奥寺から告げられた事実について検証していた。
「嵯峨議員が村川さんと犯人の後ろにいる、黒幕なんでしょうか?」
「今のところ、それを裏付ける証拠や証言は何もないからな。
あまり予断は持たない方がいい」
鏡堂のその言葉に天宮は素直に頷く。
「黒部議員は、
「知っていたというよりは、奥寺さんからニュースを聞いて、直感的に殺されたと思ったんだろうな。
多分黒部に、そう思わせる事情があったんだろう」
「それは黒部議員が渡会殺害に、何らかの形で関与していたということですかね?」
「その可能性はあるな。
もしかしたら渡会を殺害現場に誘い出したのは、黒部かも知れん」
「黒幕の指示で渡会を現場に誘い出した。
しかし黒部議員自身は、彼がそこで殺害されることを知らされていなかった。
だからニュースを聞いて、顔色が変わるほど驚いた。
そういう筋書きが見えますね」
「一つの可能性に過ぎんがな」
そう答えながらも、鏡堂は天宮の刑事としての成長を見る思いだった。
しかしそれとは別に、彼の中で小さな疑団が燻っていた。
――嵯峨が事件の黒幕だとして、現職の国会議員が、何人も人を殺すようなリスクをとるだろうか?
――そんなことをするメリットが、果たして嵯峨にあるのか?
その疑問は、鏡堂の中で徐々に膨らんでいくのだった。
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