【06-2】第三の事件(2)
「渡会って、あの渡会のことか?」
全員を代表するように熊本が訊くと、国松は彼に肯いた。
「ええ、黒部の携帯電話の通話履歴ではそうなってます。
渡会の遺留品に彼の携帯電話はなかったので、それが使用された可能性がありますね」
「と言うことは、渡会を殺害した犯人が、黒部に電話を掛けたということか」
一人の刑事がそう口にすると、
「そう断定するのは早計だが、少なくとも渡会の携帯電話を持っている奴がいるのは、間違いないだろうな」
と、熊本が話をまとめ、梶木に続きを促した。
「続いて、黒部が倒れた時の状況です。
偶々振り返って様子を見ていた秘書によると、黒部は携帯電話の画面を見ながら、取ろうか取るまいか躊躇している風だったと言っています。
多分ですが、掛けてきた相手が渡会だったからでしょうね。
その時突然、黒部が苦しみ出して、その場に倒れたんだそうです。
驚いた秘書が駆け寄ろうとすると、倒れた黒部の周囲に、赤い靄のようなものが薄っすらと見えたと言っています」
「赤い靄?」
「そうです。
それについては、黒部たちと同行していたテレビ局のスタッフが、カメラに撮っていたので見せてもらいました。
確かに、薄っすらと赤い色が黒部の周りに漂ってましたね」
「毒ガスか何かだろうか?」
熊本が独り言ちると、鑑識課の
「毒ガスかどうかは分かりませんが、ガイシャは呼吸困難を起こしたようですね。
ただ、周辺に毒ガスを発生させるようなものは見つかってないと思います」
そう言って小林が山本という刑事を見ると、彼はそれに頷いて口を開いた。
「ガイシャが倒れていた周辺に、特に怪しい物、小林さんが言われた、毒ガスを出すような物は見つかっていません。
ビニール袋のようなものも含めてです」
それに対して、熊本が重ねて訊いた。
「あそこに積んである袋の隙間とかにも、入ってなかったのか?」
「隙間も全部調べましたが、見つかってませんね。
一部破れた袋があったんで、中を見てみましたが、それらしい物はありませんでした」
「そもそも、あの袋は何なんだい?」
「あれは廃棄用の肥料だそうです。
特殊なものじゃなくて、一般的に使われているものらしいです」
熊本と山本のやり取りを聞いていた鏡堂が、そこで口を挟んだ。
「ガイシャが倒れた時に、その赤い靄以外で、何か変わったことはなかったのかな」
彼の問いには、関係者への訊き込みを行った梶木が答える。
「黒部が倒れるのを見て駆けつけた、秘書と工場の関係者によると、かなり臭ったらしい。
だからその人たちも、毒ガスじゃないかと疑って、それ以上近づけなかったようだ。
実際秘書はその臭いを吸い込んで、かなり咳き込んだみたいだ」
そのやり取りを聞いていた木村という刑事が、おずおずと口を開いた。
「あの肥料について、ちょっと気になる情報があるんですが」
それを聞いた熊本が、
「何が気になるんだ?」
と彼を促す。
鈴木は頷くと、10m程向こうにある、正門を指しながら説明し始めた。
「あそこの守衛さんに話を聞いたんですが、事件の1時間程前に、警察を名乗るスーツ姿の男が訪ねて来たそうなんですよ」
「警察?」
何人かが鈴木の言葉に反応した。
「はい、警察手帳の表紙だけ見せて、中でちょっと確認したいことがあるからと言ったそうなんです。
それで守衛さんが驚いている間に、さっさと中に入って、あの肥料の袋の前まで行って、直ぐに引き返して出て行ったらしいんです」
「そいつは名前を名乗らなかったのか?」
熊本が訊くと鈴木は、
「名前も所属も言わなかったそうです」
と答える。
それを聞いた捜査員たちが、一斉に黙り込んだ。
その男の行動は、警察官としては明らかに不審なものだったからだ。
全員が、偽警官の可能性を思い浮かべていた。
その時点までに集まった情報はそれだけだったので、黒部の遺体は司法解剖に回され、遺留品の捜索と訊き込みが再開された。
***
翌日の捜査会議では、幾つかの新事実が報告された。
先ず黒部一の死因については、断定的ではないが、窒素酸化物中毒という検死結果が出された。
その聞き慣れない死因に、会議に参加した捜査員たちの間で、どよめきが起こる。
全員の頭に、高島咲江や朝田正道の事件との関連性が、思い浮かんだからだ。
硫化水素にアンモニア、そして今回の窒素酸化物というのは、何らかの事故であればともかく、殺人の手段としては彼らの想定外にあった。
そのことが捜査員たちの混乱を招いていたのだ。
そして事件直前に肥料工場を訪れた、警官を名乗る男の素性については、二十代後半から三十代前半の痩せ気味の男であるという守衛の証言が得られたが、それ以外の特徴については分からないままだった。
ただ現場付近に積まれていた、廃棄用の肥料袋の破れは、それ以前にはなかったという工場関係者からの情報があったため、目的は不明だが、その警官を名乗る男が袋に傷をつけた可能性が示唆されたのだ。
捜査会議で共有される、それらの情報を聞きながら、鏡堂達哉は渋い表情で考え込んでいた。
――硫化水素、アンモニア、窒素酸化物、それに
――俺たちがいくら考えても、このままでは埒が明かないだろうな。
――まったく気が進まないが、蘭花の知恵を借りるしかないか。
そう思う鏡堂の気分は、どんどんと沈んでいくのだった。
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