【06-1】第三の事件(1)
〇〇県会議員であり、弁護士でもある
その名刺は以前彼が巻き込まれた、商工会議所の爆発事件の際に事情聴取を受けた、
黒部が今抱えている悩み事も、その事件に関連するものだった。
彼が顧問を務める、<靜〇川南岸地域リゾート開発計画>の実行委員会後に爆発が発生し、計画に関わる二人の関係者が死亡したのだが、別の関係者であった建築デザイナーの
爆発事件も渡会の変死事件も、未解決の事件として現在捜査が継続されているらしいのだが、黒部は渡会の変死について、自分が意図せぬうちに巻き込まれているのではないかという疑念を抱いていた。
もちろん彼が、渡部の死亡に、直接関与していた訳ではない。
しかし彼は、ある人物の依頼によって、その人物が指定する場所に、渡会を誘い出したのだった。
彼自身はその場所に行っていないので、そこで何が起こったのかは分からないのだが、翌日に別の場所で渡会の死体が発見されたのだ。
関連がないと考える方が難しいだろう。
直接その人物に問い質そうかとも思ったのだが、それも躊躇われた。
その人物が彼の大恩人の子供であることも、彼が躊躇した理由の一つなのだが、それよりも彼がその人物に対して、漠然とした恐怖感を抱いていることの方が、理由としては大きかった。
そして今黒部は、その事実を鏡堂という刑事に告げるべきかどうか、悩んでいるのだ。
「先生、そろそろ時間です」
その時秘書が彼の部屋に顔を覗かせた。
今日はこの後、弁護士としての業務で、〇山市郊外の化学肥料工場を訪れる予定が入っていたのだ。
その工場は海外から、多数の技能実習生を受け入れているのだが、彼らの待遇や労働環境についてテレビ局の取材が行われることになり、その工場を経営する企業の顧問弁護士として、取材現場に立ち会うことになっていたのだ。
記者が実習生たちに対して、不都合な取材を行わないよう、監視する役目だった。
黒部は秘書に対して、
「分かった。
すぐ行くから、車の準備をしておいて」
と告げると、デスクに置いた携帯電話を取り上げて鏡堂刑事の番号をプッシュする。
暫く呼び出し音が続いたが相手は出ず、留守番電話に繋がった。
「県会議員の黒部ですが、お話したいことがあるので、折り返しこの番号にコールして下さい」
黒部は留守番電話にメッセージを残すと、スーツの上着を羽織ってオフィスを出た。
秘書の運転する車で、工場までは1時間ほどの距離だった。
工場には既にテレビ局の記者と取材クルーが到着していて、工場の責任者と親会社の製造部長が、彼らを応対していた。
黒部の到着と同時に取材は開始され、工場内の視察や、技能実習生たちへのインタビューが順次進行する。
そして彼が取材クルーと帯同して、工場の外周に積み上げられた廃棄用の肥料袋の山の前まで来た時、突然携帯電話の呼び出し音が鳴った。
――あの刑事からかな?
そう思った黒部は、工場長たちに先に行くように依頼する。
そして取り出した携帯電話の、液晶画面に表示された相手の名前を見て、愕然としてしまった。
そこには<渡会恒>と表示されていたからだ。
思わずその場に立ち止まった彼の頭の中を、目まぐるしい勢いで、様々な思考が駆け巡る。
――どうして渡部から掛かってくるんだ?
――もしかしたら、渡部を殺した犯人からなのか?
――だとしたら何故今頃、自分に掛かってくるんだろう?
――出るべきだろうか?止めておくべきか?
そして次の瞬間、不快な刺激臭が黒部の鼻を突き、続いて気道に激烈な痛みが走る。
その場に倒れ込んだ黒部は呼吸困難に陥ったが、直ぐに彼の意識は消失した。
そして露出した手や顔の皮膚が、徐々に赤黒く変色していったのだ。
間もなく黒部一は絶命した。
***
すると電話に出たのは、何故か鑑識課の
「鏡堂君?鑑識の国松だけど。
どうしてあなたが、この電話に掛けてるの?」
彼女の声に鏡堂は大いに戸惑ったが、慌てて事情を説明した。
すると国松から返ってきたのは、驚きの事実だった。
「黒部議員は、残念ながら亡くなったわ。
今、肥料工場の現場にいるの。
あなたもこっちに向かってるんでしょう?
状況は現場で話すわね」
「じゃあ」と言って、電話は一方的に切られてしまった。
話の状況から、現場検証に忙しいのだろうと思った鏡堂は、不審気な表情の天宮に事情を説明する。
彼の説明を聞いた天宮は、驚いて目を丸くしていた。
現場に到着すると既に検証が進んでいて、鑑識課員や先着した刑事たちが遺留品の捜索や関係者からの事情聴取に当たっていた。
そして鏡堂と天宮が到着したことを見定めた
これまでに判明した情報を共有するためだった。
先ず
「ガイシャは県会議員の
これは今日仕事でここに同行している秘書の証言なので、間違いないと思われます。
今日は議員としてではなく、弁護士の仕事で来ていたようですね」
そう言って梶木は、黒部が今日この肥料工場を訪問した
「そしてガイシャが、倒れた場所を通り掛かった時に、電話が掛かってきたようです。
それでガイシャは、同行者たちを先に行かせて電話を取ろうとしたようですね」
その時鑑識の国松が、梶木の話に割り込んだ。
「その電話の相手というのが、
その言葉に、その場にいた全員の注目が集まる。
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