第43話 きみに伝えたいこと。④



 ヨロヨロとした足取りで教材を持って移動先の理科室に行くと、友だちのあやが駆け寄ってきてくれる。


「ゆかり〜、重そうだね、大丈夫だった?」


 彩は手伝えば良かったね〜と言ってくれたが、ゆかりは内心それどころではなかった。


「ゆかり?」


 ゆかりの異変に気がついた彩が、訝しげにゆかりを見る。ゆかりは泣きそうになりながら彩に縋り付いた。


「彩ちゃんどうしよう〜! 私、どうしたらいい?!」


 急に目に涙を貯めたゆかりにギョッとする。


「ど、どうしたの?! なにかあったの?!」


 クラスメイト達はまだ移動が完了していないらしく、移動先の理科室には人はまばらだ。

 ゆかりはまだ咲太郎が来ていないことを確かめてから、彩に声を潜めて言った。


「……大変な事聞いちゃったの、コレ取りに行った時に。

 ……一ノ瀬くん、学校辞めるって」

「えっ!?」

「こ、この事、成宮くん知ってるのかなあ?」


「――どういう事?!」


 突然後から響いた声に二人はビクリと肩を震わせた。振り向いた先には咲太郎と翔真が立っていて――。


「な、成宮くん……」

「あいつ、学校辞めるって……?! それ、本当?!」


 珍しく強い口調で詰め寄る咲太郎にゆかりはあとずさりする。


「た、多分……。さっき職員室横の談話室で廣瀬先生と一ノ瀬くん本人が話してるのを聞いちゃったの……。先生は止めてたけど、一ノ瀬くんはや、辞めるって……」


 ゆかりの言葉にくらりと眩暈がした。委員長のゆかりとは付き合いが深いわけではないけれど、彼女は真面目でいい加減なことを言う子ではないのは解っている。


 高三の今になって学校を辞めるなんて……理由は――心当たりがありすぎる。


 咲太郎はいても立ってもいられずに教室を飛び出した。


 咲太郎が教室を飛び出したのと同時に、理科室のドアから理科担当の教諭が入ってくる。


「おい! 成宮ー、授業もう始まるぞー!」


 理科教諭は驚いて声をかけたが咲太郎は振り向きもせず走っていった。唖然とする教諭に、翔真は「センセー! 成宮くんは腹が痛くて便所だそうでーす」と声を上げる。クラスメイト達は一斉に翔真を見たが、「……便所って言ってたよなぁ?」ととぼける翔真に皆コクコクと頷いたのだった。




 B棟の一階にある理科室から一度も止まらずに談話室まで走る。もともとそんなに運動が得意ではない咲太郎にしては人生最速のスピードで廊下を駆け抜けた。

 心臓はバクバクと音を立てているし、息も馬鹿みたいに苦しい。肩で息をしながらついた談話室の扉はもう開かれていて、中にはすでに光はいなかった。


「……成宮?」


 中から廣瀬教諭が出てくる。


「お前、授業――」

「先生!! 光は?!」


 咲太郎の剣幕に、廣瀬は咲太郎に光のことが知られていると悟った。


「あいつは帰ったよ。……退学届コレ書いて」


 止めたんだけどな、俺も。と廣瀬はため息を付く。

 お前も頑張ってあいつの面倒見てくれたしな、今年は卒業できるって思ってたんだけど。親御さんのサインもきちんと持ってこられなたらなぁ……と遠い目をした廣瀬を、その場に残して咲太郎は談話室を出た。


 後ろで「成宮!」と名前を呼ばれた気がしたけれど、そんな事は知ったことではなかった。



【つづく】



────────────────────────────────


 ☆ここまで読んで下さって有り難うございます! ♡や感想等、お聞かせ願えると大変喜びます!☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る