第37話 ぼくの好きな人。③
「誰だよ―、学祭の後にテスト入れたやつー!」
三教科目のテスト終了の鐘が鳴ったところで誰かが叫ぶ。受験シーズン真っ只中となる直前の秋だけに、仕方のないことではあるが皆同じ気持ちだった。
テスト期間中は一日に三教科しかしかないけれど、楽しみの後のテストはよりどっと疲れを感じさせた。
「成宮ー、お前この後の補講受けるん?」
向陽台高校の定期考査は一日二、三教科で終わりだが、希望者には昼までテスト対策の補助講座が受けられる。咲太郎は声をかけてきた
「いや、俺は図書館行くから帰るけど」
荷物をディバックにつめながら答える咲太郎に「そっかー」と柳が返事をするが、声をかけてきたのに特に何を言うわけでもなくじっと咲太郎を見ている。
「? ……なに?」
首を傾げた咲太郎に柳はにこっと笑った。
「成宮、元気?」
「え?」
柳の言葉にドキリとする。
「いや、学祭の後からなんか成宮元気ないなって。……一ノ瀬と喧嘩したんだろ? 紺野が心配してた」
びっくりして別のクラスメイトと喋っている紺野を見る。
「お前、あんまり喋らないし、おれは一ノ瀬ほど成宮と仲良くないからこんな事言われてもだけどさ。なんか悩んでるんだったら話くらい聞くし? 仲間じゃん?」
クラスメイトなんて、陰口を叩いて足を引っ張り合うものだとしか思っていなかった咲太郎は、柳のお人好しなその言葉に感動を覚えつつ心の中で深く感謝した。
「……ありがと。なんか、上手く言えないけど……今は大丈夫。また今度なんかあったら相談するかも」
そう言ってはにかんだ咲太郎に、柳はそれ以上深追いせずに「わかった」と言った。
「じゃあ明日のテストも頑張らろうぜー!」と言って
「あー! 成宮!」
「?」
去り際に、柳にもう一度呼び止められて振り返った。
「これ、やる」
そう言ってぽんと手に乗せられたのはカードサイズのポラロイド写真。
「クラスの女子が撮ってた文化祭の時のクラス写真。一ノ瀬をあんま写真に収めるのもまずいかなと思ったけど一枚もないのもあれだろ。これ、お前も写ってるからお前にやるな」
そう言って渡された写真はいつ撮られたんだろう。咲太郎と光が肩を寄せて笑っている写真だった。
「……」
柳は困った顔をした咲太郎の肩をぽんぽんと叩くと、
「一ノ瀬と何があったのか知らんけどさ、ちゃんと話した方がいいよ? それ、いらなかったら一ノ瀬にやればいいし」
そう言って笑った柳に、咲太郎は小さく有難うと答えた。
学校を出て、自宅には帰らずにそのまま図書館に向かう。
柳からもらった写真を眺めながら、咲太郎はどうしようと迷っていた。
きっともう、前みたいに光と話すことはないだろう。
柳はああ言ってくれたけれど、この写真を貰って光が喜ぶとも思えない。渡すためには光とまた向け合わなければいけないし、もう一度ちゃんと彼と対峙したら自分のついた嘘が貫き通せる自信がなかった。
初めて手にした二人きりの写真。
以前紺野と撮った写真と違い、そこに写っていた二人は照れもなくて自然に笑い合っている。
ついこの間まで合った幸せな時間が、その写真にはつまっていた。
(いつか、いつかちゃんと忘れるから)
この写真は自分が貰ってもいいだろうか?
咲太郎は写った光の笑顔をひと撫ですると、その写真を定期のパスケースの中にしまった。
【つづく】
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