第36話 ぼくの好きな人。②



「え……なん、でいるの?」


 思いもよらなかった人物がいる事に、思わずポカンとする。


 亜希子あきこはカウンターに肩肘をつきながら持っていたグラスを傾けた。


「……見てわかんない? お酒飲みに来たの。ここはバー、私は客。それ以外に理由ある?」


 あんたはお酒飲みに来たわけじゃなさそうね、と言われてしまえばなにも言い返せない。


「お、オレもお酒飲みに来たんデス……。オミさん、ジントニック」


 適当に座ってされるがままに世話をされていた光はカウンターに座る亜希子の隣に座り直し、頭に乗せたバスタオルを降ろして髪を整える。

 亜希子はそんな光を見ながら言った。


「タクシーで来たんじゃないの?」


 無駄に濡れている光に疑問を投げかける。


「……お店、近いからなんとかなるかなって思って」


 そう言った光を亜希子はじっと見つめると「ふーん」と言った後に続けた。


「タクシー止まる場所の目の前ってコンビニじゃない。傘買えばよかったのに買わずに来て、挙げ句その濡れ方からしてあんた走りもしなかったんでしょ? 濡れてマスターに優しくされたいのが見え見えなのよあんたは」


 そーゆーとこがあざといんだから、と容赦なく言われて光はぐぅと胸を押さえた。


「ちょ……ヤメテ亜希子さん。今のオレにはダメージでかい……」


 久しぶりに会ったけれど、そうだこういう人だったと光はカウンターにめり込む。


 彼女、五十嵐いがらし 亜希子あきこ夏目なつめ 亜希あきの芸名で活躍する女優だ。女性ながら170センチの長身で、赤毛短髪のスレンダーな美人という、ただの可愛らしい女優とは一線を画している個性派女優。そして彼女は――


「いくつになったんだっけ? 私言ったよね? 末っ子気分はもうやめなって」


 光は彼女と付き合っていた頃にもらったセリフをもう一度もらって唸った。


 ジントニックをカウンターに置いたオミが苦笑しながら「まあまあ亜希ちゃん」と取りなしてくれる。


「それにしても光くんがこんなに弱ってるなんて珍しいね? どうしたの?」


 話聞くよ、と笑ってくれるオミが天使に見える。「あ、もしかしてこないだの好きな彼の事?」とオミが言ったが光と亜希子が以前付き合っていたことを思い出して、あ、と口をつぐんだ。


「好きな? いいわよ、マスター。私気にしないわ」

「いや、そこは気にしようよ亜希子さん……」


 どこまでも竹を割ったような性格の亜希子にがっくりと肩を落とす。亜希子は「オフにゆっくり飲んでるところを邪魔されて、中途半端に話を聞かされてハイそうですかってわけにはいかないでしょうよ」と言って最後は「吐きなさい」と死ぬほど綺麗な顔で微笑まれて光は洗いざらい喋ることになった。




「……なんというか……それは、しんどいねぇ……」


 事のあらましを聞いて、オミは光に同情した声で呟いた。


「……勘違い、とかじゃなくて、絶対に咲はオレをそういう意味で好きだって、確信があったんです。だから、急に態度が変わっちゃって理由がわからなくて……」


 恥ずかしい、とか、戸惑っていると言うなら解った。けれど、文化祭の日までは確かに気持ちは同じだと感じられていたのだ。今まで、手を握っても逃げられたこともなかった。確かに、はっきりとそういう意味で好きだとは告げていなかったけれど。


「……でもその子、……咲クンだっけ? ゲイってわけじゃないんでしょ? それだったらそう言われても仕方ないんじゃない? その気がないのに迫られたらいくら男だって怖いわよ、普通」


 亜希子の冷静な言葉に一瞬ぐっと詰まったが、すぐに光は反論した。


「オレだって相手にその気がないのに迫ったりしないよ! ……本当に、絶対断られないって確信があったんだ……。すごく、真面目で優しい子なんだよ、その子。もしその気がないんだったら、ちゃんと断ってくれたはずなんだ」


 そう言って頭垂れる。


「……それでも、嫌がられたんでしょう? それが全てじゃないの?」


 亜希子の茶化すでも馬鹿にするでもない淡々とした声に、事実を突きつけられた気がしてじわりと涙が浮かんだ。あまりの格好悪さにゴシゴシと目を擦る。


 そんな光を見て亜希子はお酒の入ったグラスを傾けながら諭すように言った。


「あんたはさ、小さい頃からこの世界にいて、色んなタイプの人間がいることを知ってるし、性別で関係性が縛られるって認識が薄いんだろうけど、普通の人にはそんな事わかんないわよ。

 ……相手、高校生なんでしょ? 元々ノーマルだって言うんならなおのこと。これからどうなっていくんだろう、とか不安しかないわよ。それで自分を守ろうとすることに相手を責められやしないでしょ」


 男は引き際が肝心だよ、光。


 そうきっぱり言うのに、頭を撫でられた手が思いの外優しくて、滲んだ涙が溢れた。

 弱った心に亜希子の言葉が滲みて、思わず昔のようにその腕の中に帰りたくなる。


「~~~~っ。

 亜希子さん、今フリー? ……今晩、部屋に行ったらダメ?」

 

 年下の武器を最大限に使って上目遣いで亜希子を見てくる光に、亜希子は光の鼻をグィっとつまんだ。


「いひゃい!!」

「――あんたね、少しも成長してないじゃない! そんなんだから振られるのよ!

 いい? 光。いつまでも甘えてちゃダメなの。 あんたってやつはね、そのお綺麗な顔と世渡りの上手さで今まで来たんだろうけど、人がくれる優しさに胡座をかいちゃダメなのよ。そもそも、その子のことだって、年上のあんたが気を使ってあげなくちゃいけなかったんじゃないの? 私と付き合ってた時とおんなじじゃダメでしょうよ」


 友情まで失いたくないんなら、ちゃんと話をして謝ってきな。と、亜希子は光の頭を軽く叩いて「マスター、ごちそうさま」と光の分も払って帰っていった。


「……相変わらず、亜希ちゃんは格好いいなぁ……」


 ね、とオミが言って、光は叩かれた頭に触れて「うん……」と答えた。



【つづく】



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【連載中!】きみのとなり。 東雲 晴加 @shinonome-h

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