第34話 きみが……。④



 高校に入って、一人で過ごす学校生活を特に嫌だと思う事はなかった。


 教室と言うセットに入って、いつも寝て授業をサボっている……という生徒を演じればいいだけだったから。


 そこに、友情があるわけでもなかったし。


 けれど、教室のドアをくぐるのにこんなに緊張したのは人生で初めてだった。

 意を決して教室のドアを開ける。開けた先のいつもの席には、咲太郎の姿は――ない。


 普段彼は光よりも先に来て自分の席で授業の予習をしているか、光が登校した少し後にそうっとドアを開き、「はよ」といって少しはにかむのが常だった。


 けれど、しばらく待っても咲太郎はなかなか来ない。


 その内女子生徒が先に登校してきた。


「一ノ瀬くんおはよー」


 以前は遠慮がちに交わされていた挨拶も、文化祭の準備を始めてからは自然なものになっていた。


「おはよう。……ねえ、咲見なかった?」


 挨拶もそこそこに、思わず尋ねる。


「成宮くん? さあ……あ、でも靴あったからもう来るんじゃない?」


 出席番号が咲太郎の前の彼女は、玄関の靴箱を思い出してそう教えてくれた。


「……そう」


 学校に来ている事は確実の様だが、なかなか咲太郎の姿が見えない。そのうち紺野が登校して来て、「あいつと連絡とれた?」と心配してくれる。光は首を横に振ると、紺野が「昨日お前が心配してるから連絡してやれよってメッセージ送ったんだけど、返事来なかったんだよな」と気まずそうに言った。紺野のメッセージに既読はついたらしい。


 いよいよ、自分が避けられているのが濃厚になってきた。


 結局その後咲太郎は姿を現したが、ホームルームが始まるギリギリに教室に入ってきて無言で自分の席に座った。光が「おはよう」と声をかけると、目を合わさないままで小さく「はよ」と返す。


 得も言われぬ不穏な風が、二人の間に吹いた気がした。


 ホームルームで担任の話を悶々と聞き、廣瀬先生が教室を出た瞬間に咲太郎の手を掴む。

 咲太郎はギョッとすると光の手を思い切り振り払った。


「……!!」


 お互いが驚いてお互いの顔を見る。


(……なんで、そんな泣きそうな顔してんの)


 光に握られた手を、まるで守るみたいにもう片方の手で握った咲太郎に、光は胸がズキリと痛んだ。


「……なに」


 咲太郎が小さく答えて、ハッとする。


(喋ってくれた――!)


「咲、ちょっと話がしたいんだけど――昼休み、いい?」


 咲太郎の頑なな態度に拒否られるかとヒヤヒヤする。けれど光の予想に反して、咲太郎は視線を泳がせたものの、小さく「……わかった」と答えた。


 授業の間の休み時間、咲太郎はふらっとどこかに行っているか、参考書を眺めていて光とは一言も喋らなかった。

 流石にクラスメイトも二人の様子がおかしいと思ったのか、時折チラチラとこちらの様子を気にしている。

 三限目の後の休み時間も咲太郎は席を立ち、見兼ねた紺野が光に寄ってきた。


「どーしちゃったのあいつ」

「……わからない」


 咲太郎の真意がわからなくて、すぐにでも問いただしたい気持ちになる。けれどこの短い半年の付き合いの仲でも、咲太郎にそういう態度をとるのは得手でないことを知っていた光は昼休みまでの時間をただじっと待った。




 昼休み、昼食を摂ってから話をしようと光は提案したが、咲太郎が「すぐでいい」というので二人連れ立ってB棟にあるあの階段の踊り場に来た。

 咲太郎は最初ここに来ることに難色を示したが、他のところでは人目につくし……との光の提案に、最後は光の後を着いて来る。


 あの時のように二人で地面に腰掛けた。


「……」


 けれど、確実にあのときとは違う空気が二人の間に流れていた。あの時は、ふたりとも同じ気持ちだと確信があったのに、今、咲太郎が何を考えているのかがさっぱりわからない。

 光は意を決して咲太郎に尋ねた。



「……なんでオレ、避けられてるの」

「……」



 咲太郎は黙り込んだまま下を向く。


「……オレ、なにか気に障ることした?」


 そんなことない、と前のように否定して欲しかった。いいや、もし何か自分にダメなところがあったのなら正直に言って欲しい。自分達はちゃんと話し合って物を解決できる関係のはずだ。

 けれど、咲太郎は何も答えない。ただ、下を向くばかりだ。


「咲。黙ってちゃわからないだろ。なんとか言えよ!」


 少し語気が荒くなる。咲太郎はビクリと肩を震わせると、震える唇で小さく何かを言った。


「……に、……くなかった……」

「え?」


 聞こえない、と光が少し寄ると、咲太郎は顔を上げて叫んだ。


「ここに来たくなかった!!」


 叫んだ咲太郎の言葉の意味がわからずにただ驚く。

 咲太郎は高ぶった感情で目に薄っすらと涙を浮かべながら畳み掛けた。


「……お、前がっ! どういうつもりで言ったのかは知らないけれどっ! ……お、俺はお前の事……友達としてしか見られないし……キ、キスされそうになって……嫌だったっ!」


 絞り出されたセリフに衝撃を受ける。


「……え。だ、だって咲……」


 あの日、光は嫌だったら逃げてと言った。ゆっくりと近づく光を拒否することもしなくて。それに――


 混乱して信じられないものを見る目で咲太郎を見る。

 咲太郎はぎゅっと目を瞑ると再び絞り出すようにとどめを刺した。


「……怖くて、逃げられなかったし……お前のこと、友だちとしては好きだけど……そーゆー風には見られない……っ。正直……き、気持ち悪いよ」


 咲太郎から放たれた言葉の衝撃が大きすぎて、光は何も言えずにただ呆然とした。


 咲太郎は抱えていた思いを吐き出すと、ゆっくりと立ち上がり、光と目を合わさずに光の隣をすり抜けて階段を降りていく。

 すれ違いざまに、小さくごめんと呟かれた一言が、より咲太郎の本心だと突きつけられたようで。


 あの日みたいに光が溢れるこの場所で、光は一歩も動けずにただ座り込むしかなかった。



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