第32話 きみが……。②
(……なんで、気が付かなかったんだろう……)
足元がグラグラと揺れて気持ちが悪い。
一体どうやって自宅に帰ってきたのか記憶がいまいち曖昧だったけれど、咲太郎は自室のドアを開けてなんとか閉めるとそのまま扉にズルズルと背中を預けて座り込んだ。
頭の中が混乱して、何も考えられない。
光が、あまりにも普通に咲太郎に接するから。
光が……当たり前にとなりにいて好意を寄せてくるから。
彼がどういう立場の人なのかをすっかり失念していた。
ネットで騒がれていた歌手は光ではない。
……けれど、光だって同じ事だ。
今まで、そんなニュースが世間で飛び交っていたとしても『ああ、芸能人は大変だなぁ』なんて人ごとで、自分には関係のない世界だった。
テレビもあまり観ないし、ドラマだって殆ど観ない咲太郎には光が俳優だということは解っていてもそれは特筆事項ではなくて、遠い世界の話でしかなかった。
ただ、光と思いが通じ合った今、急に現実が追いかけてきて背中に突きつけられた気がした。
無名の駆け出し俳優ならともかく、光は年配の人でも知っているお茶の間の人気者だ。
その彼が、高校生に手を出して挙げ句相手が男だなんて世間に知れたらどうなる?
芸能人は人気商売だ。プライべートは個人の自由だといくら主張したとしても、本人自体が商品なのだからイメージに傷が付けば売れなくなってしまう。
パートナーが男だと知れればドラマにだって採用しにくくなるだろう。そもそも光は女性に人気が高い。イメージダウンは確実だ。
ポコ、と通知が鳴って、スマホの画面に光のアイコンが表示される。
表示されたバーには『今新幹線。明日、電話してもいい?☺️』と絵文字付きのメッセージ。
今すぐ、光の声が聞きたいと思った。
「……っ」
それでも、光のアイコンを押せない。
押したら、既読がついてしまう。
光がいい加減な気持ちで自分に触れたのではない事は解っている。
あの階段の踊り場での時間は特別だった。
溢れて、どうしようもなくて。
だからこそお互いが同じ気持ちだと解ったのだ。
お互いに、もう隠しておけるような気持ちではなかった。
でも、これからは?
これからも、同じ気持ちで、同じ関係でいられるのか?
光のとなりに咲太郎ががいることは――彼の人生にとって足枷でしかない。
スマホの画面にぽたりと雫が落ちた。
ぽたりぽたりとそれは雨のようにいくつも落ちて、目の前が何も見えなくなる。
「……ぅ……うぅ…っ」
胸に抱えたスマホが焼けた杭のように胸を刺して痛んだ。
実際に刺されたわけではないのに、こんなに胸が痛むなんて。こんな想いがあるなんて。
光、と名前を呼びたい衝動もすべて飲みこんで、家族にも聞かれないように咲太郎は一人で泣いた。
【つづく】
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