第31話 きみが……。①



 お祭りの後の足元は、なぜあんなにふわふわとしているのだろう。


 楽しんでいる最中も少し非日常的で浮ついている感じがあるが、片付けが終わって「お疲れ―」と言葉を交わしてもまだ現実に戻れていない感じがする。

 明日からはまた受験生。気を引き締めなければ。

 咲太郎は担いだディバックの肩紐をぎゅっと握った。


「成宮!」


 名前を呼ばれて振り返ると、自分も帰宅の準備を終え昇降口に出てきたリーダーの柳に呼び止められた。


「柳」

「成宮、今日はありがとな」


 リーダーとして一日中走り回っていた彼の顔は、多少の疲労感はあるものの晴れ晴れとしている。そんな一番の功労者の柳に礼を言われて咲太郎は驚いた。


「え……俺、皆と同じことしかしてないけど」


 困惑気味に返事をすると柳が笑った。


「そんなことないよ。一ノ瀬、引っ張ってきて参加させてくれたじゃん。あいつがいてくれたおかげで集客もバッチリだったし、お前頭の回転早いからサポートしてくれてすごく助かったわ」


 ありがとな―、と言われて咲太郎の口元がなんとも言えぬむず痒さで歪む。

 柳は咲太郎の反応に満足そうに笑うと、


「片付け後の打ち上げ、一ノ瀬も出れたらよかったのになー」


 あいつの分のおやつちょっと取っといたから学校来たら渡してやってよと紙袋を渡される。

 仕事で文化祭の後半を抜けた光は片付け後に教室で行ったお菓子を広げての打ち上げに参加できなかった。柳のどこまでも細かい気配りに咲太郎の唇が上がる。


「……ありがとう。あいつ喜ぶと思う」


 今日はこれから遠方のロケ地に向かうと言っていたからもう連絡は取れないだろうけれど、学校にまた来た時にまた渡してやればいい。


 帰ったら、お菓子を預かっていることだけメッセージで送ろうか?


 そんな事を考えていたら柳がじっとこちらを見ている事に気づいた。


「? ……なに?」

「……いや、なんか良いことあった? 成宮、今スゲー幸せそうな顔してるよ」

「え」


 柳の指摘に思わず左手の甲で自分の顔を抑える。

 ぶわっと顔に熱が集まった。


「あ、う……いや、別に。良いことがあったわけじゃ……なくも、ないけど」


 否定しかけて、それでも最後は肯定した咲太郎に柳は笑う。


「そういや一ノ瀬も休憩から帰ってきたあと、めちゃくちゃご機嫌だったもんなぁ」


 二人の間に何があったのか、柳は知らないはずなのにそんな事を言うから咲太郎はドギマギとした。




 学校から帰ったら今日もいつものルーティーンを崩さずに勉強に取り組もうと思っているのに、余韻が抜けきらない頭はいつまで経ってもふわふわとしている。とても、今日は問題が解けそうにない。


 柳と別れて地下鉄に乗り、電車の入口付近に立って手すりを掴む。家に帰るまでにこの浮ついた気持ちをどうにかしようと口元にぐっと力を入れた。


「えー、ねぇ! 歌手のTAKE、同性愛をカミングアウトだって」


 すぐ近くの座席に座っていた女子大生の言葉にドキリとした。

 彼女たちも学校帰りか、友人とスマホを見ながら話している声が耳に飛び込んでくる。


「そんな感じ今までなかったよねぇ。えーショック」

「TAKEって女性ファン多いよね。こりゃ荒れるわ」


 じわりと、嫌な汗が咲太郎のこめかみを伝った。

 時間を見るふりをして彼女たちから聞こえてきた歌手の名前をスマホで検索する。そこには、彼女たちが言っていたように人気歌手の告白記事と、それに関しての様々な世間の反応が溢れていた。

 大元のカミングアウトの記事はセンシティブな内容だけに淡々としたものであったけれど、ネットニュースのコメント欄は荒れに荒れていて。

 中には彼を擁護するものもあったけれど、『無理』や『ショックすぎてファン辞める』などの言葉で溢れかえっていた。


 持っているスマホの手が震える。


「……っ」


 突然、冷水を浴びせられた気持ちになる。

 さっきまで心地よくふわふわしていた足元に、急に穴が空いたような気がした。



 あの、二人きりの階段の踊り場で見た光の笑顔が頭から離れなかった。



【つづく】



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