第29話 きみと一緒に。④



「よーし、二人共お疲れ〜! 後は楽しんでこいなー」


 自分達の出番を終え、トイレで化粧を落としたあと、制服に着替え直してお役御免となった二人は文化祭に繰り出した。


「何食べる? 腹減ったよなー」

「オレ、フランクフルト食べたい!」


 気になる出店で食品をいくつか購入し、適当に座る場所を探す。しかし今日は学園祭で学校を開放していることもあり、生徒以外の地域の人や他校の学生も多数来校していて座れるようなところはどこも人でいっぱいだった。


 しかも光と歩いている事で、向陽台の生徒は流石に見慣れているから声をかけてこないが、学外の人間からの視線が凄い。


「ねえ、あれ二階堂ヒカルじゃない?」

「向陽台に通ってるって本当だったんだー!」

「ねえ、声かけてみる?」


 ヒソヒソと囁かれる声と視線になんとも居心地の悪さを感じる。


 今日は購買とランチルームも開放されており、多分そこに行けば順番は待たなければいけないかもしれないがなんとか座れるだろう。

 ただ、普段とは比べ物にならない視線の多さに、とても落ち着いて食事ができる気がしなかった。


「咲」


 名前を呼ばれて光を見上げると、にっこりと笑った光と目が合って「オレ、良いところ思い出した」と咲太郎の手を引いて足早にその場を離れた。




 向陽台高校の校舎はA棟とB棟に分かれていて、A棟が一般教室、B棟が理科室等の教科棟になっている。光が咲太郎を連れてきたのはB棟の三階屋上に通じる階段の踊り場だった。


 今日はどの教室も催し物で使われているが、A棟に比べればB棟の使用部屋は少なく、屋上に繋がる階段は一番端のためほとんど人の流れもない。


「実は入学したての頃、追いかけてくる女の子達から逃げる為にここで昼ご飯食べてたんだよね」


 屋上へ繋がる扉の前は小さな踊り場になっており、階下からは壁で死角になっていて見えない。中々の穴場だ。


 二人はそこに腰を降ろし、買ってきた食べ物を広げた。


「よく漫画なんかで屋上のシーンあるけど、実際は屋上なんていけないよな」

「確かに。開いてたら絶対に危ないもんねえ」


 出店のフランクフルトってなんで旨く感じるんだろ、と他愛もない会話をしながら食べる。


「……なんか凄いや。学祭とかさ、ドラマでやった事あるけど実際にはしたこと無くて。こんなに楽しいと思わなかった」


 お化け屋敷、作り物って解ってるのに皆驚いてて本当に可笑しかったよねと思い出しただけで笑いが込み上げてくる。


「そうだな。俺も、こんなに楽しめると思わなかった」


 屋上扉の窓から差し込む光が、光の髪を照らす。

 光の色素の薄い髪と、睫毛が光に透けて煌めいて、有名な絵画の様に綺麗だった。


 咲太郎の胸がきゅうっと縮まる。

 


 ……同性を好きになるなんて思わなかった。



 恋愛なんて、今まで禄にしたことはない。けれど、普通に女の子を好きになるものだと思っていた。


 初めは、勘違いかとも思ったけれど、光を見ると勝手に胸が音を鳴らして、彼が淡く輝いている気がする。

 光が笑うと嬉しくて、こちらを向くとなんとも言えない多幸感に満ちていく。


 恋をしたことがなくたって、この気持ちが友情で無いことは咲太郎にだって解っていた。


 光も、きっと咲太郎の事は大切に思ってくれている。この間まで、友達すらできなかったのだ。それなのに今は光がいて、クラスメイトとも仲良くなれた。これ以上何を望む?

光のが、たとえ恋愛感情じゃなくても、友だちとしてなら同性同士いつだってとなりにいられる。


 だから、……だからこの気持ちは胸にしまおうと咲太郎は光に笑い返しながら思った。


 光は、本当に春の光みたいで。

 一人で凍えて縮こまっていた咲太郎の心を温めて連れ出してくれた。

 だからこそ、好きだと伝えられなくても、ありったけの感謝は伝えたい。


「……本当、楽しかった。ありがと、光」


 君のとなりにいられることが嬉しくて、咲太郎ははにかんで笑った。


 咲太郎の急な謝意に、光は目を瞬かせると「いや、ちょっと待って? 鼻血出そう……」と何故か顔を抑えて天を仰いだので咲太郎は焦る。


「えっ?! 大丈夫かよ?!」


 馬鹿、鼻血は上向いちゃ駄目なんだぞ! と光の手を取って慌てて下を向かせようとした。

 手をどかした光の顔は鼻血なんて出ていなくて「え?」と咲太郎は困惑する。

 代わりに顔を赤くした光が、「咲ってさ、オレの事絶対好きだよね?」と冗談めかして言い、笑いながら咲太郎を見て――――動きを止めた。


 この場合、咲太郎はいつもの様に「うるさい」だとか、「ハイハイ好きですよ」とさらりと返すべきだった。


 そんな事は、わかりきっていた。


 けれど、


「――っ」


 溢れる寸前だった気持ちが、光の言葉で決壊して、溢れてしまった想いは咲太郎の顔をただ赤く染めた。


(否定、しなきゃ。早く、早く笑って否定しないと――)


 こんな、そうですと言わんばかりの態度をとったら光を困らせてしまう。

 せっかく仲良くなったのに、また一人になってしまう。


 早く、早く。なにか言わなきゃ。


 そう思うのに、喉からはなにも音が出てくれない。顔の熱も一向に引いてくれなくて、咲太郎は泣きたくなって自分の顔を腕で隠して俯くしかなかった。


 せめて、「ごめん」と謝らなければ。

 好きになってごめんと。友だちの関係でいいからとなりにいたいって。


 必死に言葉を紡ごうとするけれど空回りする咲太郎の手に、光の手がそっと重なった。


 驚いて顔を上げた咲太郎の目に写ったのは、泣きそうな光の顔。


「ひか――」

「……嘘みたいだ。……本当に? ――そんな事、あるなんて」


 握られた光の手から、トクトクと鼓動と熱が伝わる。

 見つめてくる光の顔を見て、咲太郎はただただ驚いた。


 光の瞳には嫌悪や侮蔑の感情は無くて。そこにあるのは、自分と同じ熱さの色。


 重なった咲太郎より少し大きい光の手が、ぎゅっと力強く握られた。


「……嫌なら、逃げて」


 光はそう言うと咲太郎に顔を寄せた。

 咲太郎はだんだん距離がゼロに近づく光の顔を見ながら、こいつ至近距離でも毛穴が見えないな、とかなんとか場違いな事を考えていた。


 もう、あと少しで光との隙間がなくなってしまう。

 咲太郎は直視できなくてぎゅっと目を閉じた。


「ここ空いてるじゃん!!」


 急に階下から声が響いてきて、咲太郎の唇にふれる寸前だった光の温もりがすっとひいていった。


 顔からぶわりと汗が出て、心臓が波打っている。


「咲! 食べ終わったら別のとこ見に行こ!」


 光が殊更大きな声を出した。


「うわ! 誰か先客いた〜!」


 階段を上がってこようとした人の気配は「どこか空いてないかなあ〜」と言いながら遠ざかって行った。


「……」


 再び静寂が訪れる。


 咲太郎は少しも顔を上げられずに、ただドクドクと聞こえる自分の心臓の音を聞きながら握りしめた自分の拳を見つめていた。


 そのうち視界にすっと光の手が入ってきて咲太郎の拳に重ねられる。


「咲」


 名前を呼ばれておずおずと顔を上げた先にいたのは、見たことないような優しい顔で微笑む光だった。



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