第28話 きみと一緒に。③
ひと月とはあっという間に過ぎるもので、文化祭もいよいよ目前に迫っていた。
「おー! いいね!」
最終打ち合わせのために衣装を着てのリハーサルで、リーダーの柳は満足そうに頷いた。
彼の前には、血濡れの死装束に身を包んだ光の姿。
「職権乱用で時代劇の衣装担当さんに借りてきたんだ。とてもじゃないけど一から作ってる時間なかったし」
明るい教室のライトの下で見るとエグイくらいの血糊がついた着物に他の生徒はちょっと引き気味だ。これを暗がりで見たらさぞかし怖いだろう。
咲太郎と光の担当場所はお化け屋敷の一番最後。大道具担当に段ボールで井戸を作ってもらい、人が前を通過したら中から出て出口まで追いかける計画だ。
「当日は顔もメイクしてバッチリお化けに仕上げてくるよ♪」
メイクは舞台公演等で自分でやることもあるからお手の物だ。お化け役は光で、咲太郎は客が近づいてきたり、客を驚かしたあと元の位置まで光を誘導したりする介添え役になった。
二人で交代してお化けをやっても良かったが、ここは本物の役者に頑張ってもらうことにした。
「客もまさか本物の二階堂ヒカルがお化けやってるとは思わないよなぁ」
当日は精々派手に頼むぜ―! と柳に肩を叩かれる。光は任せとけ! と元気に請け負った。
「おい柳ー! お化け班揃った? 大道具にうまくハマるか見て欲しいんだけど。お! 一ノ瀬、立派なお化けじゃん」
大道具担当の紺野が「イケメンの無駄遣い~」と茶化していく。柳は「ヤメロヤメロ! ウチの大事なお化けのヤル気削ぐのやめて!」と紺野の肩を押して、周りからどっと笑いが起こる。
四月には、咲太郎も光もクラスで一人でいたなんて信じられないくらい、今は二人ともクラスに溶け込んでいた。
大道具の作ったセットも問題なく、各お化けも上手くセットに隠れることが出来そうだ。
これで、準備は万端。
「よおっし! じゃあ皆、当日はよろしく頼む!」
柳の掛け声とともに、クラスの皆はオー! と声を合わせて心を一つにした。
文化祭当日。開始時間は九時で、八時半には全ての準備が万事整っていた。
「一ノ瀬凄いな……!」
光は準備していた血塗れの死装束に、顔は蒼白く化粧を施し、口が耳まで裂けたようなメイクをしていた。他とは明らかに違うクオリティの仕上がりに、柳をはじめクラス一同が感嘆の声を上げる。
「まあ、ここで本気出さずにいつ出すのって感じ?」
耳まで裂けた口でにへらっと笑う。柳は「おお、おお! 今まで温存しておいてくれたおかげでいい文化祭になりそうだわ!」ありがとな! 一ノ瀬、ダブってくれて! とバシバシ笑顔で背中を叩いた。
光は「ん?」とちょっと腑に落ちないなという顔をしたけれど、「さ! 配置につくぞー!」と柳が手を叩いて促したので、よくわからないまま移動を始めた。咲太郎は光を配置に促しつつ、片手で額を押さえていた。
大道具班の作った井戸は順路側から来ると井戸に見えるが、出口側は囲いが無く、すぐに飛び出せる様になっている。
井戸の前を客が通り過ぎようとしたのを見計らって井戸から飛び出し、客を出口まで追いかける手筈だ。
お化け屋敷内の教室はかなり暗く、足元はうっすらとしか見えない。咲太郎と光は狭い井戸の中に身を寄せ合って出番を待つ。光の安全を確保しつつ上手く客を驚かせるように、タイミングを図るのも咲太郎の仕事だ。
準備の時とは違い、自分達のスポットの周りには人がいない。準備中は気にならなかったのに、他に聞こえないように潜める光の声が耳の近くで囁きとなり、息が耳に触れて咲太郎はドギマギしてしまう。
「最初はどんな子が来るかな」
近い距離でくすくすと楽しげな光の声を聞いていると何とも言えない満たされた気持ちになる。
誰よりも近い距離で、光のとなりで二人きり。
光は口の裂けた血塗れのお化けだし、ダンボールの井戸の中にぎゅうぎゅう詰めで一つもロマンチックじゃない。けれど、光のとなりには自分だけだ。
狭いのをいい事に、光の左手にそっと触れた。
光がこちらを見た気がしたけれど、入口の方から客が入ってきた気配がして、咲太郎は誤魔化すように光の手をトントンとタッチして「きたぞ」と合図をした。
そのうち入口の方から順に、わー! とか、キャー! とか賑やかな声が聞こえてくる。「マジで怖いんだけどー」と少し早足で最終ポイントの井戸の前を通り過ぎようとした客に、咲太郎のゴーサインが出た光が飛び出した。
もはやキャー等と可愛い悲鳴ではなく、「ギャー!」と雄たけびをあげて客は出口までを走り去っていく。光はそれを全力で追いかけるものだから客は必死になって逃げていった。
咲太郎は出口付近まで行った光をペンライトで足元を照らしながら誘導して元の位置に戻る。
そうしてまた井戸の中にぎゅうぎゅうに収まって、でもさっきの客の反応に二人で肩を震わせ、小さくグーでタッチした。
【つづく】
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