幕間 キミたちの居場所。
「……」
丸付けの終わった答案用紙を前に並べて珈琲を飲む。
四教科の合計点は292点で、自分の科したボーダーは240点だったから問題なく合格点だ。
「あー! やっぱり職員室は涼しいですねぇ! 生き返るう~」
部活動の監督に行っていた隣の席の教諭が汗を拭きながら帰ってきて、廣瀬教諭の机に並べられた答案用紙に目を落とした。
「……今頃テストですか?」
今はすでに夏休み中で、訝しげに尋ねながらも名前の欄を見て「ああ、一ノ瀬」と納得した様子で頷く。
「補習授業だよ。一教科60点以下だったら即退学だって脅した」
さらっと言う廣瀬に「今年も評定足らないんですか?」と尋ねる。
「いいや。足りてるけど。こうでも言わないと頑張らんでしょ、あいつ」
飄々と珈琲をすする廣瀬に隣の教諭は「……エグいっすね。廣瀬先生も忙しいのによくやるなぁ」と苦笑した。
「それにしてもよく点数取れてるじゃないですか。自分の教科テスト、一回目の三年時の時あの子12点でしたよ」
授業、殆ど寝てますもんねとボヤく。
「……どうも最近成宮がサポートしてるらしくてな。夏休み前も休み時間に勉強してたわ」
あの一ノ瀬がと廣瀬が言うと、隣の教諭は驚いて声を上げた。
「成宮って先生のクラスの? え、あの子が一ノ瀬の面倒見てるんですか?!」
彼の驚きも仕方はない。咲太郎はクラスの中では目立たないが、教師の間ではちょっとした有名人だ。
「あの子、一年時からずっと学年一位ですもんね。入試、満点だったし。
海成からこっちに来るって、勉強がついていけなくなったのかと思いましたけど、その後もずっと一位ですから。神童が入ってきたーって一時期職員室ざわついてましたよね」
本当は新入生代表挨拶も咲太郎のはずだったが、咲太郎がどうしてもやりたくないと辞退したため、二位の生徒がやることとなったのは教師と咲太郎しか知らないことだ。
向陽台高校の定期テストは結果が登録された個人のアプリ内に送られるため結果は本人と家族しか解らない様になっている。同じクラス内に様々なコースの学生が混在し、成績もバラバラの生徒が上手くやっているのはこの独自のシステムのおかげかも知れない。生徒は成績の内容関係なしに人間関係を構築することになる。
「成宮、受験生でしょう。あんな優秀な生徒が一ノ瀬に構ってても大丈夫なんですかね」
隣の席の教師が咲太郎を心配して言う。
廣瀬教諭は笑って言った。
「……基本的に一ノ瀬は学習する気がないからな。去年まではあわよくばそのまま退学になってもいいと思ってたはずだ」
光の兄は廣瀬教諭の教え子だ。光が入学する際に久しぶりにメールが来て「自由奔放な弟ですが、くれぐれもよろしくお願いします」と頼まれた。
光の兄は決して成績が悪くなかったし、入試の点数も及第点で芸能人といえどもそこまでではないと思っていたのだが……。
なにせ光にやる気がない。
と言うか彼の意識はすでに仕事に向いており、学校生活に興味がないようだった。長期ロケで留年が決まった際の面談では本人はケロッとしていたし、家族は頭を悩ませていたようだが彼の事務所の社長は彼を売り出したいがために光の仕事欲をセーブしなかった(一度心配したマネージャーが「出席日数は足りてるんでしょうか……」と連絡してきたことはあったが)。
ご家族の意向もあり、なんとか在籍している……くらいの状態だったのだ。
それがどうだ、三年生になって光の方から「授業数って足りてますかね」と聞いてくるようになった。
観察していると、いつも一人でいた光が今では学校にいる間は咲太郎や紺野と行動を共にしているではないか。しかも他のクラスメイトとも多少の交流はあるようだった。
今までの経緯を知らなければ、そこにあるのは普通の男子高校生の姿。そして、学年のトップを走り続けながら日の当たる所に一切出てこなかった咲太郎も、ここに来てようやく自分の居場所を見つけたようだ。
咲太郎のお陰で、光はちゃんと卒業しようとしている。
「ダイジョーブでしょ。いい傾向なんじゃないの」
廣瀬教諭は広げた答案用紙を一つにまとめると、残った珈琲を飲み干した。
────────────────────────────────
☆ここまで読んで下さって有り難うございます! ♡や感想等、お聞かせ願えると大変喜びます!☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます