第25話 キミへ贈る。



 都心の夏はもう朝の九時には既に暑くて。ミンミンと煩いくらいの蝉の声を聞いて街路樹の日陰を踏みながら歩く。


 暑すぎて長時間外にいるのは勘弁だけれど、暑さで時折現れる陽炎に、なんだか異世界味を感じてちょっとワクワクする事があるなんて。……子どもじみているから、言わないけれど。


 図書館の扉をくぐると、すうっと下がる温度にホッとして外の喧騒が嘘みたいに静かになる。この一瞬の静寂も咲太郎は好きだった。


 そのまま真っすぐ図書館の奥の専門書が置いてある区画のお気に入りのワークスペースに陣取り荷物を置く。専門書を読みにくる者も、こんなに奥のワークスペースに来る者もあまりいないから大体いつも空いていて、最近は咲太郎専用のようになっている。


「あ」


 ただ先日までこのお気に入りの場所に、テストを控えた光がいたから、無意識に椅子が二つ並んだ席に座っていた。もう少し離れた場所には一人掛けのワークスペースがあって、前まではそちらが咲太郎のいつもの席だったのに。


 テストは無事終了したし、光はもう来ない。


 二人用の場所に座る必要はもうない。

 咲太郎は一瞬席を立ちかけたが、完全に腰を上げる前に考え直して同じ席に座った。


 一時間ほど英文とにらめっこして、少し休憩するかと首を回す。カフェスペースに移動しようかここで休もうか迷っていたら、「なーりみやっ」と後から声をかけられた。


「紺野」


 振り返ると、よっ! と以前見た時より日に焼けたジャージ姿の紺野がそこに立っていて、咲太郎のとなりの空いた席にさっと座った。


「毎日いるって言ってたからいるかなーって。よかったーいてくれて」


 ホイ、これお土産。と手に持っていた紙袋をくれる。

 袋の外には、『博多通りもん』の文字。


「福岡行ってきたのか?」

「そ。インターハイだったのよ、先週」


 そう言えば紺野は春の都大会で勝ち進み、夏のインターハイの出場を決めていたのだった。


「そうだった。……結果はどうだったの?」


 少し遠慮がちに咲太郎が聞く。紺野はニヤリと笑った。


「100メートル短距離、四位でしたー!」

「えっ!」


 咲太郎は思わず大きな声を上げて慌てて自分の口を押さえる。


「……凄いじゃん……! 四位って……四番目って事だろ?」


 驚いて当たり前の事を二度言った。紺野は「成宮が一ノ瀬みたいな事言ってる」と言って笑う。


「メダルはとれなかったけどな、でも三位と0.2秒差の四位だぜ」


「成宮に報告しちゃろーと思って来たわ」と日に焼けてVサインを作る紺野の笑顔に嬉しくなって、咲太郎も「おめでとう」と笑った。


「そのお土産なー、空港で試食したらめっちゃ美味かったから。受験勉強と一ノ瀬のお守りで大変な成宮に買ってやろーと思って」


 そう言われて貰った紙袋にもう一度視線を落とす。

 喉の奥からなんとも言えないむず痒さがじんわり上がってきた。


(あ。嬉しそう)


 最近すっかり咲太郎の機微が解るようになってきた紺野は満足そうに咲太郎を眺めた。


「俺、友達にお土産貰ったの初めてかも。……ありがと。なんか嬉しいな」


 にへらと顔を崩した咲太郎を見て、紺野は表情を変えずに内心驚いた。デレる咲太郎は珍しい。


 そう言えば光が咲太郎は昔友達と上手く言っていなかった様だと言っていた。

 光とは種類が違うが、咲太郎もあまり人との交流が得意ではない分、こういう経験が少ないのだろう。ただ、人と関わるのが嫌なのではなさそうだ。


 よし。


「一ノ瀬にはいつ会えるかわかんないからなんも買ってないんだよね。テスト合格のお祝いしちゃろー」


 そう言うと咲太郎にちょいちょいと手招きする。


「?」


 意味もわからず咲太郎が顔を近づけると、紺野はスマホのカメラを起動した。


「ハイ、成宮笑ってー」

「えっ?!」


 紺野にガシッと肩を組まれてツーショットの自撮りモードで写真を撮ろうとする。


「ちょ! 紺野、俺写真は苦手で……」


 遠慮しようとする咲太郎を逃さない様に極力明るく紺野は言った。


「ダイジョーブダイジョーブ! どんな成宮でも喜ぶヤツがいるんだから!」

「???」


 わけもわからないうちにシャッターを切られる。


「うん、まあいいでしょ!」


 撮れた写真をチェックして満足気に頷く。

 咲太郎にちょっと笑顔が足りないが、画面いっぱいに咲太郎と紺野が顔を寄せた仲良しツーショットの出来上がり。


 紺野は短い文章を打つと、サクッと送信した。


「じゃ! 勉強頑張れよー成宮!」

「う、うん?」


 紺野は自分の言いたいことを言うと、邪魔したな! と笑顔で手を振って風のように去っていった。


「……」


 咲太郎は突然一人取り残され、ただただ呆然とした。





 さて、仕事を終えてスマホを開いた光は――


「んん゙っ?」


 とスマホの画面を二度見した。


 メッセージには、


『テストクリアおめっとさん! これお祝いな♪』


 の短い言葉と共に一枚の写真。


 そこには、少々眉を下げて気恥ずかしそうに笑う咲太郎と紺野のツーショットが貼られていて。


 え。これいつ撮ったのだとか、写真撮らせてもらえたんだとか、なんでとなりはオレじゃないんだろうとか。――と言うか、紺野絶対わかってるよな? とか。


 言いたいことは沢山あったけれど、こんなアップの咲太郎の写真は一枚も持っていない。


「〜〜〜っ」


 光は紺野に『アリガトウゴザイマス』と奥歯を噛みながらメッセージを返信した。

 暫くすると再び紺野から、


『あ、そうそう。おれ、インハイ四位入賞した〜! お祝いしてね?♡』


 と返ってきて、光は後日紺野にトレーニングシューズをプレゼントする羽目になるのだった。



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