第23話 きみとご褒美。③
咲太郎の服を借りて頭を乾かしリビングに行くと、咲太郎の母と目があった。
「あら。あったまれた?」
優しい雰囲気でにっこりと微笑まれる。
「シャワー有難うございます。すみません、初対面なのに色々ご迷惑かけちゃって」
申し訳無さそうに光が言うと、気にしないでいいのよとお茶を淹れてくれた。
「咲太郎がお友達を連れてくるって言うからびっくりしちゃった。しかもこんなに素敵なお友達でしょ。……仲良くしてあげて下さいね」
そう言って笑う咲太郎の母に、咲太郎と同じ笑い方をするんだな、と思った。
「ごめん! お待たせ」
リビングにいなかった咲太郎が慌てて顔を出す。
光は雨から死守したカバンの中から「これ、つまらない物ですが……」と手土産を差し出した。咲太郎の母は「まあ有難う」とそれを受け取ると、用意していたらしい菓子の盆に光が持ってきたお菓子も加えた。
「お茶、ポットに入れておいたからね」と菓子とお茶の保温ポットが乗った盆を咲太郎に指差す。
咲太郎は「有難う」とはにかむと、光に「部屋に行こう」と促して席を立った。
咲太郎の部屋は広くはなかったが、オンライン通話で見た通りきちんと整頓された落ち着いた部屋だった。余計な物はあまりなくて、咲太郎らしいなと思う。
「ごめん、テーブルとかなくて」と床にお盆とお茶を置いてクッションをくれる。
貸してくれた服や部屋のあちこちから咲太郎の香りがしてドギマギとしたけれど、出してもらったおやつを二人で食べながら、学校にいる時みたいに色んな話をした。
途中でコンコンとドアがノックされて咲太郎の母が顔を出す。
「咲くん、これ使ったらどうかしら」
持ってきてくれたのは折りたたみの簡易テーブル。
咲太郎は有難うとそれを受け取って広げた。
「……優しそうなお母さんだね」
あんなにずぶ濡れだったのに、嫌な顔ひとつせずにいてくれた。
笑った顔、ちょっと咲に似てるね。そう言った光の言葉に、咲太郎が微かに目を見開いた。
その反応に光は首をかしげる。咲太郎は少し視線を泳がせたが、小さく何かを決めた顔をして光にゆっくりとした口調で話しだした。
「……俺、中学で上手く行ってない話したじゃん? その時、家でもメンタル落ちる事があったって言ったの覚えてる?」
あの時は、傷付いた咲太郎を慰めるので精一杯ですっかり忘れていたが、確かにそんな事を言っていたと思い出して光は頷いた。
「俺……、母さんと血、繋がってないんだよね」
光は目を見開く。
「俺がまだ赤ちゃんの頃……本当の母さん病気で死んじゃったらしくて、赤ちゃん抱えて途方にくれてた父さんを支えてくれたのが今の母さんらしくてさ。俺、本当の母さんなんにも覚えてないから……今の母さんが本当の母親だと思ってて……」
父も母も親戚と疎遠だった為、母と血が繋がって居ないことを知らなかった。父と母も折を見て言うつもりだったとは思う。だが、タイミング悪く、咲太郎が心折れてしまったあの日、その事実を知ってしまった。
「……学校の事は親に言えてなくて、一人で抱えてたから母さんの事を聞いてなんかぐちゃぐちゃになっちゃって……泣いて喚いて……。勢いで、踏切……越えようとして」
咲太郎の告白に、光は体の芯がすっと冷えた。変な汗が手を湿らせる。
そんな光の心を知ってか知らずか、咲太郎が眉を下げて笑った。
「母さんに止められてぶん殴られて泣かれたよ。……ずっと、本当の親だって思うくらい、大切に育てられてきたの知ってるくせに、あの時は周り全部俺の事なんていらないんだって、自暴自棄になってた」
もしかしたら、うっすらと学校で上手く行っていないことにも気づいていたのかもしれない。高校を受け直したいと言った時、両親はだめとは言わなかった。
「お前が、俺と母さんが似てるって言ってくれて嬉しかった。ちゃんと、親子に見えるんだって」
今はちゃんと本当に母親だと思っているから、仲は悪くないと教えてくれた。でも負担はかけたくなくて、学費は免除になるように向陽台は学費免除の特待生枠で合格した。
「この話、したのお前が初めて。こんな事、言える友だち出来ると思わなかったから……」
有難う、光。
そう言われて、光は泣きたくなるのをぐっとこらえて思わず咲太郎を抱きしめた。
咲太郎の体がビクリと強張る。
「ちょ……」
光、と胸を軽く押される。光は逆にぎゅっと回した腕に力を入れて、
「……ハグするとさ、人のストレスとか悲しみって、減るらしいよ」
卑怯でも、今この手を離したくなくてそう言いながら笑う。
強張った咲太郎の体から力が抜けて、おずおずと咲太郎の腕も光に回された。
「咲。生きててくれて、……オレと友だちになってくれて有難う。オレ、優しくて強い咲太郎が好きだよ」
その思いは、友だちなんてとっくに超えてしまっているけど。光は、咲太郎のとなりにいられるのなら、このままの関係でいいと思った。
顔を上げた咲太郎の顔に前みたいに涙はなくて、「俺も。有難う光」そう笑顔で言った。
【つづく】
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