第22話 きみとご褒美。②
その日は、朝からそわそわしていた。
家族にも光が来ることを伝えたし、部屋だって念入りに掃除した。
流石に連れて来る友人が俳優の二階堂ヒカルである事は家族には言った。急に顔を合わせて驚かせるのもあれだし、妹にはちゃんと釘を指しておかないと友だちなんかに言いふらされたら困るからだ。
幸い妹はその日に塾の模試があり、帰ってくるのは夕方で「お兄ちゃんずるいっ! ねえ、私が帰るまで絶対ヒカルくんにいてもらってね!!」とうるさく念を押されてしまった。
父と母は友人が二階堂ヒカルと知って驚いていたが、咲太郎が家に友だちを連れてくるのは小学生以来の話だった為、驚きつつも喜んでいるようだった。
ふと窓の外を見ると、先ほどまでは晴れていたのにガラスを大粒の雨が叩いている。
「うわ。光、大丈夫かな」
そう呟いた瞬間ポコ、とスマホの通知が鳴った。
『今、咲のマンションのエントランス前にいるんだけど』
とメッセージ。咲太郎は慌てて部屋を出て一階まで駆け降りた。
「う……わあ……」
「……早く駅についたから、送ってくれた住所自分で調べてここまで着たんだけど、途中で降られちゃって……」
そう言った光は全身見事にずぶ濡れだった。東京の夏の空は変わりやすい。
カバン濡らさないようにと思ったら構うヒマなくてと水を払いながら言う。
光は苦く笑った。
「ごめん。
約束してたけど、これじゃとてもじゃないけどお邪魔できないし、今日はこのまま帰るね」
出来れば傘一本貸してくれると嬉しいんだけど、と言う光に咲太郎は胸がズキリと痛む。
勉強の苦手な光があんなに頑張って、今日の日をずっと楽しみにしていたのを知っている。咲太郎の家に来るというだけの些細な事だけれど、一般人の友だちが殆どいない光にとって今日の日を心待ちにしていたのは想像に硬くない。また日を改めて遊びに来ればいいだけの話ではあるが、忙しい光の次はいつやってくるかわからなかった。
それに、楽しみにしていたのは光だけじゃないのだ。
咲太郎は光の手をとった。
全身ずぶ濡れの光の手を取り、そのままだと風邪をひくからと渋る光を無理矢理咲太郎は家に上げた。
「あらまあ」
家にいた咲太郎の母は目を丸くした。
「す、すいません。こんなに濡れてて」
一ノ瀬光と言います。と頭を下げた傍からポタポタと水滴が落ちる。
家の中から咲太郎が慌ててバスタオルを持ってきた。
「光! 挨拶はとりあえずいいから! 母さん、こいつシャワー入れるから」
バスタオルで光の頭を包む。タオルはふんわりと咲太郎の香りがした。
玄関で濡れた靴と靴下脱ぎ、そのまま浴室に連れて行かれる。
「バスタオルそれと、必要ならこれも使っていいから。着替えとりあえず俺の着て……下にコンビニあるから下着買ってきてやるから」
至れり尽くせりで申し訳なくなる。
ごめん、と謝る光に咲太郎は着替えを押し付けた。
「俺のだからちょっと小さいかもしれないけど……乾燥かけるから帰る頃には乾いてると思う。
……お、俺も楽しみにしてたから。……帰られると困るんだよ」
ボソリと呟かれた言葉にフリーズする。「ちゃんとあったまれよ!」と捨て台詞の様に吐いて、咲太郎はバタンと扉を締めて出ていってしまった。
「な、なんなのあの子……オレ今日死ぬの?」
もう熱出そう……、と光は自分の顔を覆った。
財布だけをポケットに突っ込み、階下のコンビニまで走っていく。コンビニはマンション一階のテナントだから慌てて行く必要もないが、ゆっくり歩いて行く心の余裕は今の咲太郎にはなかった。
(俺、浮かれてる)
柄にもなく光を引き止めたりして、自分だって同じ状況だったら帰る選択肢をしたと思う。
でも今日は、光にすぐに帰ってほしくなかった。
赤くなった顔を見られていないだろうか。
最近光の事を考えると自分がおかしい事は自覚している。
けれど、せっかく光と仲良くなれたのに、こんな気持ちで自分がいるなんてバレたら今まで通りいられなくなってしまう。幸い、自分達は男同士だから、一緒にいても騒がれる事はないだろう事は有り難かった。
友達なら、家にも呼べる。
「980円になります」
店員に渡された黒い飾り気のないLサイズの下着を受け取ってハタと我に返って再び顔を赤くする。
なかなか引いてくれない顔の熱になんて言い訳しようと思いながら。
エレベーターの中の鏡に写る自分の顔を見ながら手のひらで何度か叩き深呼吸をして平常心を取り戻す。家に戻り、軽く脱衣場の前から「光?」と声をかけてみるが返事がない。脱衣場の扉を開けて中に入るとちょうど光が浴室の扉を開けて出てくる所だった。
「!」
「うわっ! ごめん!」
驚いて目を逸らし、慌てて扉を閉めようと思ったが自分の手には下着が握られたままだ。
咲太郎は目を逸らしたまま下着を光に突き出した。
「こ、これ! 下着!」
じゃあ! とくるりと回れ右して出ていこうとしたら湿度で湿った床で足を滑らせた。
「うわっ……!」
「……あっ……ぶなあ……!」
がしりと裸の光に後から抱きとめられる。
「大丈夫? 咲」
自分の家のシャンプーを使ったはずなのに、嗅いだことのない良い匂いがする。
いつもはわりと細身に見えたのに、着痩せするのか意外と筋肉もついていて――
全身が心臓なのかと思うくらいに音が凄かった。
「だ、だいじょうぶっ。ごめん」
なんとかそれだけ言って脱衣場をあとにした。
【つづく】
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